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11.まだ話し合いの余地があるはずだ
アクションつきで激しく主張する自称天使のゼス。ガタゴトと揺れながら何事かを主張する自称セキュリティボックスのグーシー。それを傍で見ているだけの国樹だったが、さすがに話が逸れているのではないかと、割って入るように冷めた言葉を投げかけた。
「なに揉めてんだ、別に話し込むようなことはないだろ。残るか行くか、その二択なんだぞ」
「ちょっとは黙ってろよ! 僕とグーシーの甘美なひと時を邪魔するな!」
振り返ったゼスは小さな身体を強張らせ、鋭い目つきで国樹を制する。さっきからどうも感情的になっている。これはなにを言っても無駄かなと、国樹は参りながら、
「いつも思うんだが、どこで覚えたんだそれ」
毎度お馴染みになった言葉をかけると「二度も言わせるな!」とこれまた激しい反応があり、国樹はハイハイと素直に引き下がった。そうしてまた違うメモを取り出し、今度は旅の行程について頭を巡らす。
次の国境を越えると、本格的に文化・宗教・生活習慣の違う地域へと入る。自分はあくまで一旅行者で余所者だ。文化文明の影響力が低下したとはいえ、勘違いして自らの価値観を押し付けることのないよう、また間違いを犯さないようにしなければ。国樹はいつもの如く自分に言い聞かせる。この点は冒険者として強い自覚が必要だ、何度言い聞かせても足りることはない。
国樹の頭は既に国境を越えてどうするかという点に及んでいた。
しかしだ、もしグーシーが元の所有者いる所へ帰りたいと言い出したら……そんなことがふと頭に浮かんだその時、
「ちょ、ちょっと待ってくれグーシー!」
ガリガリと国樹に向かい移動し始めたグーシーを、必死に静止するゼスの姿が目に留まった。「マジか」と国樹は一瞬驚いたが、少し考えればここは危険地帯なのだ、結論は一つしかない。
「結論出たみたいだな」
国樹が溜め息混じりで声をかけると、
「ま、まだ出てねーし勘違いするなよ!」
グーシーに押されながら自称天使は叫び声を上げる。
それでもグーシーは前進を止めず、ついに国樹のすぐ傍まで来てしまった。ゼスはグーシーに押し切られ転んでしまっている。うつ伏せで倒れ込むその姿はさすがに哀れだった。
「待つんだグーシー……まだ僕らには話し合いの余地があるはずだ……!」
倒れながらも主張するガキを見下ろし、国樹はさてどうしたものかと頭を悩ませた。
グーシーの意思はなんとなく分かった、分かったがもし一緒に行動するなら通訳が必要だ。となるとゼスを手放すのは賢明ではない。世界広しと言えど、この不思議な箱と意思疎通が出来る奴などさすがにそうはいないだろう。というか多分いない。ではどうする?
国樹は「うぅ……」と呻きながら立ち上がるゼスを見て躊躇うものを感じたが、迷ってもいられないと素直に尋ねてみた。
「結局グーシーはなんて言ってたんだ? 希望があるなら聞いておきたいんだが」
これをグーシーに直接聞ければ苦労しないのだが、ゼスに聞かねばならないのは本当にネックだ。それに、ガリガリと音を立てあまり寄られても怖い。
「グーシー、君って奴は……」
搾り出すように声を出すゼスを目の当たりにし、やっと諦めがついたかなと、
「だから、グーシーと何話してたんだ。所有者について何か言ってなかったか?」
国樹は改めて問いかけた。しかし、
「いいかいグーシー! タガロは無理すれば見た目こそいい人に見えなくもなくないけど本質は違うんだ! もし一緒に旅なんかしたら君をただの入れ物としてしか扱わないぞ! そして用済みになったらポイっ、だ! 僕が言うんだから間違いない!」
ゼスの長広舌な絶叫が広間に響くだけだった。
つーか……分かっているもなにも、グーシーはセキュリティボックスで事実入れ物だ。ただ動けて戦える、という珍しい機能もついてはいるが。加えて所有者を求めるグーシーが自分の「役割」を課せられて不満を言うはずもない。
うんざりしつつ国樹は今一度ゼスにグーシーの言い分を確かめたが、全くの無視でゼスはグーシーにしがみつく有様だった。呆れを通り越してしまった彼は、
「悪いが言い聞かせてやってもらえるか?」
『ガル』
人食い箱かもしれないグーシーに説得を頼まざるをえない按配となった。ポイっじゃなくガブッといかれる心配すらあるというのに……。
今度は国樹が間に入って二人の対話を聞くことになった。とにかくゼスはグーシーと離れるのが嫌で仕方ないらしい。国樹が隣にいることにもお構いなくこき下ろし、いかに自分が優れ素晴らしい存在であるかを強調している。
それに対しグーシーも何事か主張しているようだが、やはり全く分からない。しかし、言い聞かせてくれという頼みを素直に聞いてくれていることは間違いなさそうだ。まさか一緒になって国樹の悪口を並べてはいないだろう。この段階になり、ようやく国樹の中にずしりと圧し掛かっていたグーシーに対する警戒心が本格的に薄らいでいた。
一方二人、というか二体の話し合いはやはり噛み合っていないのか、ゼスが弱々しい台詞を口にし始めた。
「僕は別にここに居座るとは言ってないんだよ? まだ調べることがあるって言ってるんだ。どうしてそれを分かってくれないの?」
『グガ……ゴル、ギガガ……』
グーシーの挙動も困っているように見える。しかし長い、国樹は本格的に時間を気にし始めていた。さすがにいきなりドンパチが始まるとは思わないが、治安の問題がある。悠長にはしていられないのだ。
「ゼス、お前の希望は結局なんなんだ? 塔の謎ってもそれっぽい天井画があるってだけだろ?」
こうして口を挟むのは二度目になるが、今回は呆れではなく焦りからくるものだった。いい加減にして欲しいほんと。しかし……、
「もううるさいなこのインチキ外国人は! タガロみたいな嘘つきは地獄の閻魔様の座布団にでもなればいいんだ!」
なにも変わらない。てか……インチキ外国人ってなんだ。どう否定していいのかも分からない。それに、自称天使のくせに閻魔様ときたか。フリーダム過ぎる。
「高い所に行きたい、それは分かってる。ここからだとヒマラヤも近い、行けなくはない。そっちを主張するのなら分かるがここは五階建てだぞ?」
ヒマラヤ山脈には世界で最も高いと言われているエベレストが含まれる。単純に高い、という点で言えば文句なしだ。とはいえ国樹は登山者ではないので行く気はさらさらないのだが。
「だ・か・ら! 僕の勘がココだと言ってるんだよ! これは絶対! 確信がある! ヒマラヤさんはその後だ!」
小柄なゼスに口角泡を飛ばす勢いでそう主張されても、怪しい二人で探した結果何もなかったではないか。これでは埒がいかない。ついに国樹は腕時計をトントンと叩き、核心的部分に触れる事を決めた。
あの天井画には天使が描かれているらしい。だからここには何かある。
それは分かる。だがそこが間違いなのだ。
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