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12.所詮自称天使だろ?
いい加減にして欲しい、本当に。
本格的に時間がやばいのだ。探索の時間はもうすんだ。安全を期するならこれ以上時間をかけられない。
ここから近場の街まで、バギーを飛ばしても四時間はかかる。国樹のバギーは丈夫ではあるが、スピードは出ない。道が荒れていても問題ないよう、わざわざその手のバギーを買ったのだ。
もう終わりにしたい。だから国樹は本質的な問いを投げつけた。「天井画の天使が問題なんだよな」と。当然ゼスは、
「気付いてなかったの?」
と、些か呆れ気味に応じる。国樹は苦笑しながらいやいや気付いてた、確かめているのだと告げ、さらに続けた。
「で、お前は天使なんだよな」
「はあ!? 見て分からない!? ていうか何回言わせるんだよ!!」
「ああそうね、そうかもしれない……そこで一つ確かめたいんだが、いいかな」
「なにさ……」
「いやいや、簡単なことだよ。お前さ――なんで翼ないの」
「…………」
「翼だよ、なんでないの」
「…………」
意表、いや触れられたくない箇所を突かれ、ゼスの表情が分かりやすく険しくなっていく。グーシーもガリッと音を立て、ゼスの背中を見ているようだ。
素朴な疑問、確かな疑念、というか矛盾。しかし、ゼスも譲る気配を見せはしなかった。
「別になくてもいいだろ……」
「俺は別にいいよ、説得力が消え失せるけどな。もう一つ、天使ってのは頭の上に輪っかがあるもんじゃないのか? どこにある」
またゼスは沈黙し、表情から生気が失せていくのが手に取るよう分かる。国樹はしれっとした顔で向かい合っているが、ゼスはなんとも苦しげな表情だ。
「だから……それは前にも……言っただろ」
「覚えてる、それをもう一度グーシーの前で説明してくれないか」
「なんでさ……」
「名付け親なのに隠し事するのか? 別に不都合なことじゃないだろう?」
白々促すと、ゼスは唇を硬く結び視線を落とし黙り込んでしまった。国樹はそれを許さず、グーシーに笑顔を向けさらに促す。
「グーシーも知りたそうだ。説明してくれよ」
『ガル……』
「う……だ、だから……輪っかは、天界に忘れてきたんだと思う」
「翼は?」
「天界に忘れてきたか、どっかで落としたか、盗まれたんだと思う……」
『ゴル?』
ふっ、と国樹は鼻で笑いそうになったがなんとか堪えて畳み掛ける。
「なあ、お前の翼は取り外し可能なのか? プラモじゃあるまいし、ありえないだろ?」
「……いや、だから盗まれたかもしれないって言ってんじゃん……」
「盗むってなんに使うんだよ。盗んだ奴が自分に付けるのか? 取り付け可能ってチャイルドシートじゃあるまいし、おかしいだろ?」
「いや、違う、だから……」
『グゴ……』
「輪っかと翼が天使の標準装備なのは否定しないんだよな。じゃあ、なんでお前にはないんだ。答え、いや教えてくれよ」
返事は来なかった。
いや、出来るはずがないのだ。
国樹は今まで何度も同じ問いかけをしているが、まともな答えが返ってきたことはない。追い詰められたゼスはなんやかんやと言い訳し、最後には開き直る。しかし、翼や天使の輪の有無を最も意識しているのは、誰でもないゼス自身だ。
自称天使の身体が小刻みに震え始めた。
だが、反論は出てこない。
自称は自称、やはり世の中説得力、なにより証拠なのだ。
「さて、んじゃ引き上げるか。で、グーシー、引き上げるとしてその先なんだが……いや、引き上げてからでいいか」
『ゴゾ!』
やっと片がついたと国樹は勿論、グーシーの表情も明るく見えた。グーシーの明るさは、非常に感覚的なものでしかないが。
国樹、グーシー共に塔の入り口へと向かい歩を進める。
グーシーは相変わらずガリガリと音を立てているが、国樹は歩きながら朗らかな口調で尋ねた。
「グーシーの出身、というか製造場所と製造年月日が気になるんだよな。それになんでここに保管、つーかいたのとか。まあ後でゼスに確かめるけどさ」
『グゴゴ!』
ハキハキとした応答に、もしかしたらグーシーとはうまくやっていけるかもしれない、国樹がそう楽観した時だ。
「待て……ちょっと待って……」
背後から強い怨霊のようなものを感じたのは。
正直、無視しても良いと国樹は考えたが、振り返らず足だけを止め、
「なんだ、まだなんかあんのか。いい加減にしないとマジで置いて行くぞ」
呆れ混じりで脅し文句を投げつけた。当然、その表情は険しい。しかし返ってきたのは意外に過ぎる返答だった。
「僕は、僕は残る……」
「……うん? はあっ!?」
『バヅッ!?』
「僕は、僕は残るよ……」
信じ難いことに、自称天使の声色は本気だと言っていた。これには国樹、グーシー共に困惑を隠せない。正気とは思えん、もしそうなったら……。
「つまり、一人残るとそう言いたいのか……?」
『ゴルル……』
「そんなこと言ってない」
「おい! いい加減にしろよ! グーシーも出て行くつってんだ!」
そんな国樹の激しい言葉に被せるよう――、
「二人とも、わがまま言うなよ! 僕が残るって言ってるんだから残ればいいだけのことじゃないか! なんでそんなわがまま言うんだ! どういう教育受けたらそうなるんだよ!」
なぜか逆切れされてしまった。
二対一なのにわがまま……だと……。
ここまで粘ってまた、完全に振り出しに戻る。さすがにもう、マジで置いて行くかと、国樹が頭を抱えたのは言うまでもない。
自称天使のゼスは、曰く「人と天使と機械仕掛けの人形」が描かれたという、天井画の真下に仁王立ちしていた。
小さな身体だがその様は、絶対に譲らないという無意味な気迫に満ち満ちている。
振り向きゼスと向き合う国樹も、強く睨みつけるだけでもはや言葉はかけない。
グーシーも振り向いたが、困惑しているように見える。
良く分からんが。
無為に、時間だけが過ぎていく……。
ただでかい、空っぽのオブジェと化した蹉跌の塔一階広間に、久しい静寂が居座っていた。いくら待ってもゼスは俯き仁王立ちしたまま動こうとしない。そしてまた、国樹も声をかけることはなかった。
それでも状況を動かせるのは一人しかいない。
どうやら、決断するのは国樹の役割らしい。
彼は一つ大きく深呼吸すると、広間中央へと歩を進めた。
「本気なんだな、二度は聞かない」
ただ、真顔で国樹はそれだけを簡潔に尋ねる。
「本気、だけど……」
「そうか……」
ゼスは終始俯き加減、国樹もやや俯き決断を下す時が来たと思った。覚悟を決めねば、しかしこれではなんのために助けたのか……。そう逡巡する中、
『グゴ、ガル、グビビ』
背後から異音が聞こえ、それからガリガリとグーシーが移動する音が聞こえてきた。
「グーシー、甘やかすなよ。これは命に関わる問題なんだ」
国樹の声は平板だった。冷たく、突き放すような口調だった。だがそんな言葉に、以外にもゼスが顔を上げる。
「違うよタガロ、グーシーは今日は引き上げてまた来ればいいじゃんって言ったんだ。僕はそれでもいいけど……それなら、別にそれでもいいけど」
「ダメだ」
即答だった。国樹はさらに強い口調で続ける。
「ここは紛争地帯だ。今回は調査団が入ることで休戦状態にあるが、これからはなんの保証もない。この塔自体に弾が飛んでくることはないかもしれないが、出入りする俺達には間違いなく飛んでくる。
それに許可なしで入ったところを見つかってもダメ、射殺されても文句は言えない。許可が下りることもない、断言出来る。
なにより治安を考えろ。日が暮れれば戦争屋だけじゃなく、盗賊連中にだって出くわしかねない。だからここは、もうこれっきりだ」
グーシーは状況を理解出来ていない。
だがゼスは理解しているはずだ。選択肢はないのだ。
ゼスはまた俯き、拳を握り締めている。
国樹とて気持ちは同じだ。なぜ分からない……もっとちゃんと話し合っておくべきだったのか?
それとも、いつかはこうなる運命だったのか……。
どちらにせよ後悔しても始まらない、時間がない。
いや、既に危険かもしれない。
国樹はゼスのすぐ目の前まで近づいた。そして、その形と顔をよく確かめる。こいつはガキだ……変な知識はあるがどこまでも子供だ。だが、人ではない。不思議な奴だ……どうしてこう不思議な出会いが続くのか……。
一つ間を置いて、覚悟を決めた国樹はゆっくりと口を開く。
「ゼス、三分やる、それで――」
「三分で塔の謎を解けって言うの!? それは無茶だよ三時間くれ!」
「…………」
いきなり顔を上げ元気になった事にも驚いたが、都合の良過ぎる勘違いに、国樹は顎を跳ね上げ思わず身体を仰け反らせていた。
「ちげーよ、三分で決断しろ。グーシーと一緒に探してなにもなかった。どんだけ無駄な時間食ったと思ってんだ。俺は見つかるまで探せとは言ってない。だから、本当にここで俺達と別れるのか、それをよく考えて決めろ」
それを聞くと、ゼスはまたシュンとなって俯いた。国樹もまた、ゼスから視線を逸らしまともに見ようとはしなかった。
三分、この三分は国樹としても気持ちを整理する時間だった。命懸けで助けたこのガキを、自分は置いていくのか。まだなにもしてやれていないというのに。それでも目を瞑り、国樹は胸のポケットに手を入れた。そうして、
「ほれ、受け取れ」
ゼスが見つけたルビーと思わしき石を差し出した。
「……なんで?」
か細い声が、心に突き刺さる。
「お前が見つけた、お前の物だろ。こんなもん持ってても仕方ないから金に換えろ。それから、ここらは穏やかじゃない。気が済んだら必ず国境を越えろ。どっちでもいい、違う国へ行け」
差し出した手にゼスが応じないため、国樹は無理やりそれを握らせ、
「三分だ。今から三分で決断してくれ」
そう、告げた。
じっと見ていたグーシーが、グーシーなりにそっとゼスへと近づく。
「グーシー……」
『グゥ……』
慰めているのか、最後の説得か、それとも別れを惜しんでいるのか。
国樹は考える。これから自分はどうすればいいのだろうかと。グーシーと共に、何処へ向かうのだ。ゼスは、ゼスはどうなるのだと。
拘り、哀れみ、愛着、寂しさ、損得勘定、色々な思いが国樹の胸中を駆け巡る。それでも国樹には目的がある。随分時間を費やした、なのにまだこんな所でもたついている。大きな意味でも時間が惜しい。
ごちゃ混ぜになる思考と感情の中、国樹は見納めになるであろう天井画を見上げていた。こんなものさえなければ、こんな所にさえ来ていなければ……。なにが天使だ……。
「タガロ……」
「うん?」
小さな声で二人は言葉を交わす。そして寂しく見つめ合う。ゼスの目は覚悟を決めたかのよう国樹の瞳を強く捉えていた。決断したか……国樹はそう感じた。思わず、強く拳を握り締める。
これでもう全て……彼は目をゆっくりと閉じ、心を整理する時間を作った。そうしてまたゆっくりと目を開いた。不思議な縁から出会った少年、その最後の姿を目に焼き付け……。
そして、少年が口を開いた。
それは二人にとって最後、別れの言葉に――。
「タガロ、このルビーあげるからもうちょっと付き合ってくれ」
……? …………!?
こ、この色白のクソガキ!!
なんで! ルビーを! 突き出している!!
こいつマジで、こいつはほんとどこまでもゼスだ!!
自称天使の無駄に真剣な眼差しに、国樹は肩を震わせ両手で顔を覆う。そうして怒りに任せ目一杯の罵声を浴びせようとしたその時、激しい揺れを感じた――。
塔が、空気が、激しく強く、揺れ蠢いている。
強い揺れ、地震か!?
咄嗟の出来事、だが国樹は見逃さなかった。
赤い石が、激光を四方に放ち、天井画も強い光を放っていたことを。
画が、なぜ変化する!? 動く!? 生きている……!?
あれはただの画ではなかったのか!?
――旧時代の遺跡、蹉跌の塔。
巨大な塔に生命が宿ったかのような揺れが、国樹達に襲い掛かっていた。
それは、蹉跌の塔が永い眠りから目覚めた瞬間だった。
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