弐:中央亜細亜にて14.硝煙のにおい

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弐:中央亜細亜にて14.硝煙のにおい

 緊張と焦燥から汗が止まらない。  銃撃音は途切れることなく続き、弾丸が風を切る音まで耳に入る。 「クソが! なんなんだ一体!」  このバギーが出せるスピードはたかがしれている。長旅を考え丈夫さを重視したのは間違いだったのか。頭を低くし汗まみれになりながら、国樹はハンドルを握っていた。なぜ異国の草原でこんな目に、なんでこんなに疾走せねばならないのだ。自国ではまず味わうことのない恐怖と後悔が容赦なく彼を襲っていた。 「ダメだよタガロ! 追いつかれる!」  ゼスが悲鳴に近い声を上げると同時、金属音が複数回響いた。不味い、と思う間もなく車体は傾き揺れ始め、とどめにスピンし停止してしまった。  さすがにくらりとしたが、すぐ助手席のゼスの頭を押さえ国樹は声を張る。 「グーシー無事か!」 『ゴル! ガルガル、バッ!』 「無事だって! もう反撃するしかないって言ってる!」  すぐに通訳してくれたが、後部座席を覗く気にもならなかった。反撃しようにも、そもそもこちらの手持ちはハンドガンしかないのだ。相手の自動小銃とは釣り合いが取れない。  停車した平野は草木もまばらで、身を隠すことが出来ない。逃げようにもあちらはピックアップトラック二台で追ってくる。挙句、今は林に身を隠し正確な場所が分からない。こちらが停車したのを見て様子見しているのか? なら、状況の把握まで少しだけ時間があるかもしれない。  国樹は頭の位置に気を付けながら鞄を手繰り寄せた。中に弾丸と拳銃がある。それ以外に使える物は……煙幕ぐらいなら張れるだろう。ただ、燃やす物がないので範囲が限られる。車で事故らないよう森林は避けたが、こんなことなら森を走れば良かった!  ダメだ……万事休すとはこのことだ。国樹は苦々しく視線を上げた。遠くで山脈が映えている。笑えない。いくら美しく壮大な光景を目にしても、引きつった笑顔すら出てこなかった。そもそもどこの山脈なのだ、稜線や山頂の雪を見てもなにも感じない。  連中はまだ動かないらしい。  ひとつ息を吐き、国樹は頭をフル回転させる。  敵の数は分からないがゼスは大丈夫だ、こいつはまず死なない。  ただし相手が多ければ奴隷船の時同様捕まる可能性は大だ。  グーシーはどうだ?  調査団の人間を半殺しにした実績から言って、接近戦なら分があるかもしれない。  なら自分は……投降した振りをするかゼスを背負い盾にして逃げる。  その後グーシーが暴れ出すと同時、やはりゼスを盾にしてハンドガンで攻勢をかける……。  最悪だ、助かる可能性が低過ぎる。そもそも逃走中に頭や足を撃たれたら完全に終わってしまう。もしスナイパーライフルまで持っていたら、それは狩人と獲物の構図と言うしかない。  異国に出るという決意をした時から、こういう事態はあるかもしれないと頭の片隅にはあった。治安のよろしくない場所では犯罪に、紛争が身近にあると知った時は巻き込まれないようにと考えた。それでもだ、奴隷船を襲撃した身でも、まさかアサルトライフルで武装した集団に襲われるとは思わなかった!  いや、むしろあのせいだろうか。或いは直接関係なくともこれが因果応報というものなのか。正直、命は惜しい。ただ国樹は、最高の結果になっても、このバギーを捨てることになるという事実に打ちのめされていた。  死の恐怖で頭の線が切れたかな。彼は自嘲したが、そうあってはならないことも理解していた。なにせ今の彼には仲間がいるのだ。一か八か、相手に狙撃手がいないことを願って逃げるしかない。恐らくだが、奴らの狙いはどうせバギーだ。これもまた、そうあって欲しいという願望に近いものなのだが。 「二人共すまない、無念だ。残念でならない」  絞り出すよう口を開いたので、国樹の声は少し震えていた。ゼスと目が合い、国樹は思わず逸らしてしまう。 「このザマだ、もう打つ手がない。ゼス、ホントはお前にこんなことさせたくない。けど分かってくれるな?」  子供を盾に……これが文字通りなら人間の屑だ。しかし、ゼスは自称天使でタフさには定評がある。というかたぶん、アサルトライフル程度では傷すらつけられないだろう。しかし自称天使ってなんなんだ。銃弾をまともに食らって「痛いなもう!」とのたまっていたあれが天使の条件なのか。良く分からない事実から頭を切り替え、グーシーに語り掛ける。 「グーシー、君だけは自力でこの状況を切り抜けられるかもしれない。奴らの武装はアサルトライフル、しかもフルオートまで持っていやがる。連中今は警戒しているのかもしれないが、こっちには君とハンドガンしかない。どうする、どうするべきだと思う。君はどう考える?」  国樹は誰とも目を合わせていない。うつ伏せになりシートで縮こまる姿は惨めだと自分でも理解していた。それでも、これは心からの問いかけであり、理解して欲しいという渇望でもあった。  風の匂いがする。硝煙の臭いも混ざっているが、緑を感じた。近くに森があるせいだろう。それに先程までとは打って変わり、しんと水を打ったようだ。  静寂に包まれてどれぐらい経ったろう。銃撃音こそしないが、奴らがこれで見逃すはずもない。僅かな可能性に賭けるしかない事実は二人も理解しているはずだ。国樹の哀れな姿がそれを表している。しかし反応はなかった。代わりに後部座席からガタゴトと物音が聴こえてきた。それは断続的に続く。国樹は恐々とだが、いや何をしているんだと後部座席を確認しようとした。すると、 『ゴルバ!』  とグーシーが緑の長くデカイ物体を舌に乗せていた。  ゼスは窺うよう国樹を見つめてはいたが、 「これ使わないのって。使った方がいいってさ」  すぐに平然とし、物を指さしている。金属で出来たそれは先が丸く、なんだか玩具みたいに見える。けどそんなわけはない。国樹は理解出来ず瞬きを繰り返した。そうしている内になんとなく頭がクリアになってきた。  つまりどう見ても、何度見てもあれにしか見えなかったので、 「ああうん、これは対戦車擲弾だね」  納得したように呟いた。俗に言うロケットランチャーである。
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