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2.自称天使2
「タガロっ! ついにお宝を見つけたぞ!」
声の主は小さく低い鼻を広げ、興奮気味に叫んでいる。
「んなもんあるわけないだろ。ここにあった貴重品は全部連中が運び出したよ。仮にあったとしても、そりゃ残りかすだ」
国樹は右目を細くして、興味なさ気に答えると、メモ帳を拾い元いた場所に腰掛けた。
そもそもタガロってのはなんだ。
呼び名がコロコロ変わるので、たまに誰のことを言っているのか分からなくなる。
首を振り、あとどれくらい必要なのか今一度計算するため、メモ帳に視線を落とす。
「これさ!」
そのメモ帳と視線の間に、ぬっと手が伸びてきた。一瞬むっとしたが、その手には確かになにかが握られていた。しかし国樹は興味も示さない。邪魔すんなという意味も込め、再び溜め息をついてから彼は視線を上げた。
「ゼス、ここにはもうなにもないんだよ。奴らがなにもかも持って行っちまった。ここはもう、空の廃墟だ」
その反応を見たゼスはにんまりと笑い、チッチッチッと舌を鳴らし指を振る。
「甘い、合成甘味料のように甘いなあタガローは! 見落としがあったんだよ! 言ってたじゃないか、あのボンクラ共って! その通りあいつらは救いようのないボンクラだったんだよ!」
合成甘味料は大して甘くない。それはともかく、確かに陰で散々ぼんくら呼ばわりしていたことは事実だ。そしてゼスは、やはりなにかを大事そうに抱えている。
あれだけの人数が、盗掘まがいの作業を昼夜問わずぶっ通しでやったのだ。取りこぼしがあるとは思えない。期待値は限りなくゼロだ。それでも一応、国樹はゼスの胸元を指差していた。
「それか……。んーで、なんなんだそれは?」
「ん? 知らないよ?」
お宝って言ってたじゃねーか。ずっこけそうになったが、国樹は指を折り曲げもっと近づけと合図を送る。
「……とりあえず見せろよ」
「うん、でもね、これ多分宝石だと思うよ! こういうの見たことあるもん!」
ゼスは自信満々の態度で、探し当てた物を差し出した。
「どうよ? 間違いないでしょ?」
連れが探し出したという品は意外に大きかった。国樹は突き出された物を受け取った後しばらく観察し、その後日の当たる場所へと移動した。回収品は赤く輝いている。思わず嗚呼、と声が漏れていた。
「確かに、宝石かもしれん……」
「だっっしょ! 間違いないって、たぶんルビーって奴だよ!」
両手を突き上げ喜びの踊りを楽しむゼスを無視し、国樹はそれをじっと見つめた。
ルビー、いや確かにルビーっぽいが、こいつは既に加工されている。
それでこのサイズ?
100カラット以上はあるんじゃないのか?
宝石に関しては詳しくないが「特殊な石」にはそれなりの知識がある。
視線を上げると、生意気にもサファリジャケットを着込んだガキが舞っていた。宝くじを自力で引き当てたかのよう、喜んでいる。
そもそも国樹のジャケットなので、袖も裾も折らないとまともに着られない。ハーフパンツもただの長ズボンと化している。といってこいつ用に衣服を揃える余裕はないのだが。
「ゼス、これどこで見つけたんだ?」
「うーんとね、他より明らかに壁が薄くなってるとこがあったんだ。でそれをちょいと突くと凄く狭い穴があってさ、たぶんなにかあるなって確信した。あのさ、他にも色々あるんじゃない? ここはまだ空の廃墟じゃないと思うんだ!」
自信満々の言葉を聴き、国樹は顎を撫でた。
確かにこいつには不思議な勘がある、良くも悪くも。それだけではないが、ただの人間とは違うなにかも持っている。
エスパーの出来損ないみたいなイメージだろうか。
もしゼスの言う通りなら、厄介な資金繰りが間に合うかもしれない。期待は薄いがまだ粘るべきか? 頃よく奴らも引き上げた。国樹は視線を斜め下へと向けた。そしてしばし考え込んだ後、
「他にそれらしい場所はあったか?」
顔を上げ確かめると、
「ううん。全部見たけどこれだけだった」
満面の笑みが返ってきた。期待させやがってという愚痴を胸に仕舞い、
「そう。んじゃとりあえずおとなしくしてろ。これをちょっと調べたい」
白々とした顔で告げ、国樹はまたルビーらしき石に視線を落とす。
それから先ほどとは違うメモ帳を取り出し、お世辞にもきれいとは言えない自分の文字を読み解き始める。
ルビーか、だが赤い宝石はルビーに限らない。
ルビーは血に例えられることもあるが、ガーネットにも似たような物があったはずだ。
そう考えると疑問点が二つ浮かび上がる。
一つはルビーにしては赤過ぎるということだ。透明度はこんなものらしいが、これはまるで紅色じゃないか。人工の物かもしれないし、ただの赤い水晶、ローズクォーツかもしれない。
もう一つは、あまりに精緻な加工が施されていることだ。滑らか過ぎる。
「蹉跌の塔」は文字通り宗教的色合いが濃い建造物だろう。その中にカットされた宝石がどうしてある? 蓋然性から言えば、宗教的儀式に使われた道具の類と見るべきではないか。事実この塔にあった物のほとんどは、そういった宗教絡みの代物で占められていた。
そこまで考えて、国樹はその石を胸のポケットにそっと仕舞った。どちらにせよ、専門家に見てもらうしかない。このメモには基本的なことしか書かれていないし、宝石はやはり専門ではないのだ。どの程度期待していいのかも正直分からない。
「ううん!? おいタガロー、忘れ物があるぞー」
おとなしくしていろと言ったのに、ゼスはいつの間にか広間の反対側へと移動していた。子供の落ち着きなさは理解するが、本当によく動く。
「こんなデカイ箱なんで忘れてるのさー」
少し遠いので、ゼスは声を張り上げている。
国樹も同様に声を張った。
「それは忘れ物じゃない。置いて行かれたんだよ」
「なんでさ? 中身空なの? 木製だけど、宝箱みたいに見えるよ?」
ま、確かに一見そう見える。だがフェイクだ。誰がなんのために残したか分からないが、こいつのせいで調査団は散々な目に遭った。
「人食い箱だよ、ゼス。そいつは人食い箱だ。そいつのせいで怪我人が出たと初日に言っただろう? 近づくな。珍しいかもしれないが人が近づくと襲ってくるんだとよ。やめとけ」
残念なことに、近づいた団員が襲われ大怪我をした。迂闊とは言い切れないが、ここは旧世代の遺跡だ、なにがあるか分からない。塔内で働く人間なら、多少の警戒心を持つべきだ。
結局、ここでは治療も出来ないと街まで搬送することになり、お陰で人手が足りなくなったというわけである。
人食い箱は確かに珍しい。というより、事実として存在したことに驚く、大発見だ。
だが近づけないのでは話にならないし、仮に動きを止めたとて大きな箱を運ぶのは難しいだろう。それに、そもそも止められるような代物でもない。
とにかくダイナミックかつパワフルに暴れ回るらしいのだ。
下手に手を出すと命に関わる。実際、襲われた連中は生死の境を彷徨っている。
調査団は対応に迫られ、燃やすか壊すか悩むこととなった。
しかし近づかなければただの箱、と分かった時点でただそこにあるだけのオブジェと化した。賢明な判断だろう、何事も命あっての物種だ。
血塗れで搬送される気の毒な団員を思い出しつつ、国樹は今一度ゼスに注意の言葉をかけた。
「そいつは危ないからいいよ。それより他を当たろう。お前の勘とやらを、試してみようじゃないか。日暮れまでまだ時間は……」
「ん? なにタガロー? 聞こえない」
視線の先には、人食い箱の鍵穴に針金を差し込み、考え込むよう首を捻るクソガキの姿があった。
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