6.この塔にはなにかある

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6.この塔にはなにかある

 国樹の故郷には天狗という化け物がいる。  伝承の中では確かに存在するが、所詮御伽話だ。  しかし、今目の前にある二つを見ていると、本当にいたのではと思ってしまう――。  蹉跌の塔を最上階から一階ずつ降りていく。  太く分厚い外観は絵で見たことのある「バベルの塔」を連想させるが、文字通り天空には届かない。ここがバベルの塔でした、なんてことはないだろうが、貴重な旧時代の遺跡であることは確かだ。なにせ年季が違う。  だが貴重な遺跡は既に空であり、挙句人食い箱が移動する都度床に傷がつく有様だった。  国樹は連れのゼス、そしてグーシーと名付けられた人食い箱と行動を共にしていた。  なぜゼスが箱に名前をつけようと思ったのかは分からない。  ついでに言うなら、まさかこの化け物染みた存在と同道するとは思わなかった。  ガリリリリ……と床を削りグーシーは向きを変える。  そしてガシャンバタンガシャン! と派手な音を立てて移動する。  別に、それ自体は好きにしてくれればいいのだが……。  二人……と一箱が二階に降りる頃には、国樹のやる気は完全に削がれていた。今のこの状況がどうしても受け入れられない。意味が分からないのもあるが、単純に怖いのだ。 「どしたのタガロ? まだまだチャンスはある! そうだろ!」 『ゴッ! グガッ!』 「ん、ああ……」  国樹は気のない返事を返すことしか出来なかった。とりあえず、ゼスはともかくグーシーがなにを言っているのかさっぱり分からない。 「諦めずに頑張ろうだって。タガロ、新入りのグーシーに叱咤激励されるなんて情けないぞ!」  知るかよ、と国樹は心の中で呟き二体なのか二匹なのか、とにかく距離を取る。国樹は既に一階へと続く階段の傍にいた。一方ゼスとグーシーはやる気に満ち満ちた顔で(グーシーは挙動で判断するしかないが)隠された未知なる財宝探しに励んでいる。  ダメだ頭が、頭が痛い……。情けなくも、国樹はこめかみを押さえていた。  正直、今ここでバッくれてやりたいぐらいなんだが、ゼスはともかくグーシーの"足"が怖くてそんなことはとても出来ない。  今はのろのろ、というかガリガリと移動してはいるが、実態が未知数に過ぎる。話に聞くだけなら、とんでもないポテンシャルを秘めているのは間違いない。 「タガロウは裏切ったから食べる」などと言われてはたまらない。  諦観に包まれた国樹は仏のような顔でただただ二人を眺めるしかなかった。 「こういう壁の隙間なんかに仕掛けがあったりするんだよ。僕はそれで巨大ルビーを見つけたんだ」 『ゴルガッ、ビビッ!』 「フフフフ、だろう?」  なに言ってるのか全然分からない。  仏のような顔を浮かべながら、国樹はそもそも論から掘り返していた。なぜゼスはグーシー、というか人食い箱の言葉が分かるのだろう。人食い箱に意思があることも大概だが、それを理解出来るのも大概だ。  挙句になんでこんなおかしな奴らとご一緒させられているのか……おかしい、自分は一体どこで間違えたのだ。そうして自問してはみるものの、特に間違えた覚えはない。  なにか特別なこと、例えばリスク承知で世界の深淵、禁断の地に足を踏み入れその結果人食い箱にマンマークされる羽目に、いや、ツーマンセルで監視されることになったのならまあしょうがない。諦めもつく、自業自得だ。  しかし国樹は「それは人食い箱だから放っておけ」と言ったのだ。  むしろ積極的に危険を回避しようとしているではないか! 「なんか腹立ってきた……」  仏の顔も既にどこへやら、顔をしかめ俯き加減でそう呟くと、ガリガリという音が聞こえてきた。国樹はまた悟りきった表情に戻り、恐怖という名の諦観に包まれる。 「ダメだタガロ、ここはなにもないみたい」  ゼスが唇を尖らせ拗ねるように言うと、 『ガルッ……グゥ……』  グーシーも悲しげな音を立てた。 「なんだって?」 「全部持って行かれたと思うと口惜しいって」  そんな長く喋ってねーだろとは言わず、国樹は「そう」とだけ答え、二人……と共に一階へと降りることになった。本当になにもなかったらしい。  次は一階になる、これ以上下はない。ここでダメなら収穫はなしだ。  蹉跌の塔一階大広間、天井の高い一階フロアは他の階とは違い祭壇も宝物庫も見当たらない。ただただ広く、開放感があるだけの空間だ。  調査団はここに「略奪品」を並べ管理していた。所々にゴミが散乱しているのは、彼らが残したものだ。片付けるという発想はこれっぽちもなかったらしい。国樹にしても、片付けていこうという気はないのだが……。馬鹿馬鹿しい、なんで自分が。国樹は内心でそう毒づいた。  見渡す限りただ石と壁とゴミがあるだけの空間をゼスと動ける箱が闊歩している。そりゃまあ、誰も邪魔しないのだから好きにすればいい。そもそもグーシーはこの塔に保管されていた物なんだから、言い換えればここの住人のようなものだ。自分の家で何しようとよそ者がどうこう言う権利はない……。 「ん?」  入り口の前に陣取っていた国樹はそこで一つ疑問を持った。  グーシーは、なぜここにあったのだろう。  なにかしら理由はあるのだろうが、なぜ中身は空なのだ?   そもそも本当に空なのか?   所詮ゼスが確かめただけじゃないか、それだけで空と断言していいのか。  別の見方もある。  グーシー自身が価値と意味のある物、そう見てもいい。  それに、空ってか実はヤドカリみたいなもので箱とは別物かもしれない。 「もしそうだとちょっと怖いな……までも問題はそこじゃなく……」  あれは今ゼスがやっていること、それに国樹も含めて調査団がやったことを理解しているのだろうか。  もしまだ寝惚けて頭がまともに動いていないだけなら、いつ爆発するか分からない。 「オレ、オマエ、ユルサナイ、タベル」とか言われたらどうしよう。  いやとにかく、どのような状況の認識であれ「なんとも思わない」ってんなら……それはそういうものだと捉えればいい。だが「全部持って行かれたと思うと口惜しい」と奴は言っている。  それを考え、国樹は胸元を押さえた。胸のポケットには、ゼスが見つけた巨大ルビーらしきものがある。これがばれ……いや違う、ゼスはもうルビーを見つけたと宣言している。  国樹は少し混乱し、顔をしかめて指で眉間を押さえつけた。 「タガロは探さないのかい?」  気がつくとゼスが国樹を見つめていた。壁をなぞるように、グーシーがつけた傷跡が見える。グーシーも音を立て旋回し、国樹を見ているようだ。一瞬返答に詰まったが、 「俺には分からないから任せるよ」  そう応じ国樹は手を振る。そして得体の知れぬ二体を観察しながら、あの二つの存在は一体なんなのだ、という根本的疑問に再び頭を悩ませていた。
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