0人が本棚に入れています
本棚に追加
7.所有者
一人と一体が大広間を探索する間、国樹は頭を悩ませ続けていた。
ゼスはそれほど厄介な存在ではない。
人を傷つけることはまずありえないだろう。
傷つけられることもまずない。
百害ないし一理ぐらいはある存在だ。
でなければとっととどこぞに捨て置いている。
だがグーシーはそうはいかない。接し方次第では箱の淵に見える刃が皮膚を切り裂くだろう。なにせ実績がある。話が通じればいいのだが、それにはゼスの通訳が必要になる。
どうする? と国樹は自問した。ここで起こったことは仕方ない、済んでしまったものはどうにもならない。しかし、この先はどうなんだ。グーシーの奴、随分とゼスになついている。ゼスに至っては名付け親になってしまった。この二つが揃うのは良くない。だとすれば、
「ここでお別れだな……あれといたら、目立って仕方ない」
身の危険もある。興味深い存在だが……それはこの旅の目的ではないのだ。あーだこーだと議論して、探索を続ける二人がそれを打ち切れば、国樹は決断せねばならない。まだゼスに、なにもしてやれていないというのに。
国樹は、心痛める自分を見つけていた。
「タガローダメだー分からないよー」
ゼスが分かりやすく肩を落とし、国樹の元へと戻ってきた。とすると収穫はなしか。仕方ない、いやこれでいい。盗掘紛いなんぞせずにすんだと思えばいいではないか。
「残念だけど仕方ないな。大して時間も浪費してない、ルビーもあるし気にすんなよ」
国樹はそう言って、ルビーはゼスに返すべきだなと、胸のポケットに手を伸ばした。問題はその先だが、さてどう切り出すべきか。
「なんでかなあ、僕の勘は当たるはずなんだよ。ううん、勘じゃないんだ多分確定なんだよ。だけどないんだ、どう思う?」
既に切り替えている国樹とは対照的に、ゼスはまだ諦めきれないらしい。ゼスの感覚による「多分確定」なんてもの、国樹に理解出来るわけもないのに。
国樹は苦笑いを浮かべ「お前に分からないものは俺にも分からないよ」と、諦めを促すよう返す。しかしゼスはなんとも思わないのか、やはり諦めがつかないのか、難しい表情をつくり宙を見上げていた。
国樹はしばらく、ゼスをじっと見つめてみる。
見た目はどう見てもガキだ。
思考パターンも知能も子供と言って違いない。
それ以下かもしれない。
けれど、こいつは確実に人間ではない。どうして自分は、こいつと出会ったりしたのだろう。奴隷船を襲撃したから? 一義的には間違いなくそうだ。しかしこの偶然が、グーシーとの出会いまで引き出してしまった。
国樹は、部屋の隅をガリガリと移動するグーシーを一瞥してから、ゆっくりとした口調でゼスに話しかけた。
「それよりゼス、グーシーのことなんだが、お前はどうするつもりなんだ?」
国樹にしてみれば重い問いかけである。しかしその問いに返ってきたのはきょとんとした表情と、
「ん? 知らないよ、タガロが決めるんじゃないの?」
なんとも呆気ない返答だった。これは意外だ。まさかこちらにボールが飛んでくるとは。
「いいのか、俺が決めて?」
「ううん、そうじゃないよ」
「は? 今そう言ったろう?」
「そうじゃなくて、グーシーの所有者はタガロだから僕には決められないじゃん」
なに言ってんだこいつ、と国樹は眉をひそめる。
「いつから俺が所有者になったんだ? 名付け親はお前だろう?」
「でも僕の名付け親はタガロじゃん」
「それとこれとは違うだろう?」
「ああ、うんそうだね違うよ。けどグーシーがそう言ってたんだ。"自分は所有者を求めている"って。面倒みてやんなよ、僕も手伝うし」
所有者だと? 国樹は驚き、またグーシーに視線を送った。つまりあの箱には元々所有者がいたということなのか? いや、そういうものなのか? だとしても、その所有者は自分でいいのか?
なぜだか、状況はさらに妙な方向へと向かっていた。
グーシーは所有者を求めている、これはいい。
だがそれなら別にゼスでもいいじゃないか?
どうして国樹なのだ?
自分とは会話も通じないじゃないか。
彼は想定しない事態に多少の動揺を覚えながら、今一度ゼスに尋ねた。
「本当に所有者と言ったのか? "食料"と間違えてないか? それに、その所有者は俺でないとダメなのか?」
「あ、うんどうだろ。所有者がとは言ってたけど誰とは言ってなかったかも。それよりさタガロ……あの天井の絵はなに?」
「ん?」
気がつくとゼスはまた宙を、いや一階広間の天井に描かれた壁画を見ていた。ゼスがこんなものに興味持つとは。不思議な感覚を抱えながら、国樹もまた視線を高く上げた。
「あれは……見たままだが天井画とでも言うのかな、壁画だよ」
そこには、この文明圏には相応しくない、写実的な壁画が存在した。
背景は黒く、人物は白く輝くよう描かれた珍しい壁画だ。
描かれているのは三人の人物、男性が二人、女性が一人だ。
国樹はそれを眺めながら、改めて自分が旅人であることに感謝した。
この美麗な壁画は、誰でもない人の手で描かれたものだ。
自然と頬が緩む。
人を知りたい、世界を知りたい。
それこそ国樹が旅に出た理由なのだから。
しかしまあ、連れはどんどん人間離れしているわけだが……。
最初のコメントを投稿しよう!