7.所有者

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7.所有者

 一人と一体が大広間を探索する間、国樹は頭を悩ませ続けていた。  ゼスはそれほど厄介な存在ではない。  人を傷つけることはまずありえないだろう。  傷つけられることもまずない。  百害ないし一理ぐらいはある存在だ。  でなければとっととどこぞに捨て置いている。  だがグーシーはそうはいかない。接し方次第では箱の淵に見える刃が皮膚を切り裂くだろう。なにせ実績がある。話が通じればいいのだが、それにはゼスの通訳が必要になる。  どうする? と国樹は自問した。ここで起こったことは仕方ない、済んでしまったものはどうにもならない。しかし、この先はどうなんだ。グーシーの奴、随分とゼスになついている。ゼスに至っては名付け親になってしまった。この二つが揃うのは良くない。だとすれば、 「ここでお別れだな……あれといたら、目立って仕方ない」  身の危険もある。興味深い存在だが……それはこの旅の目的ではないのだ。あーだこーだと議論して、探索を続ける二人がそれを打ち切れば、国樹は決断せねばならない。まだゼスに、なにもしてやれていないというのに。  国樹は、心痛める自分を見つけていた。 「タガローダメだー分からないよー」  ゼスが分かりやすく肩を落とし、国樹の元へと戻ってきた。とすると収穫はなしか。仕方ない、いやこれでいい。盗掘紛いなんぞせずにすんだと思えばいいではないか。 「残念だけど仕方ないな。大して時間も浪費してない、ルビーもあるし気にすんなよ」  国樹はそう言って、ルビーはゼスに返すべきだなと、胸のポケットに手を伸ばした。問題はその先だが、さてどう切り出すべきか。 「なんでかなあ、僕の勘は当たるはずなんだよ。ううん、勘じゃないんだ多分確定なんだよ。だけどないんだ、どう思う?」  既に切り替えている国樹とは対照的に、ゼスはまだ諦めきれないらしい。ゼスの感覚による「多分確定」なんてもの、国樹に理解出来るわけもないのに。  国樹は苦笑いを浮かべ「お前に分からないものは俺にも分からないよ」と、諦めを促すよう返す。しかしゼスはなんとも思わないのか、やはり諦めがつかないのか、難しい表情をつくり宙を見上げていた。  国樹はしばらく、ゼスをじっと見つめてみる。  見た目はどう見てもガキだ。  思考パターンも知能も子供と言って違いない。  それ以下かもしれない。  けれど、こいつは確実に人間ではない。どうして自分は、こいつと出会ったりしたのだろう。奴隷船を襲撃したから? 一義的には間違いなくそうだ。しかしこの偶然が、グーシーとの出会いまで引き出してしまった。  国樹は、部屋の隅をガリガリと移動するグーシーを一瞥してから、ゆっくりとした口調でゼスに話しかけた。 「それよりゼス、グーシーのことなんだが、お前はどうするつもりなんだ?」  国樹にしてみれば重い問いかけである。しかしその問いに返ってきたのはきょとんとした表情と、 「ん? 知らないよ、タガロが決めるんじゃないの?」  なんとも呆気ない返答だった。これは意外だ。まさかこちらにボールが飛んでくるとは。 「いいのか、俺が決めて?」 「ううん、そうじゃないよ」 「は? 今そう言ったろう?」 「そうじゃなくて、グーシーの所有者はタガロだから僕には決められないじゃん」  なに言ってんだこいつ、と国樹は眉をひそめる。 「いつから俺が所有者になったんだ? 名付け親はお前だろう?」 「でも僕の名付け親はタガロじゃん」 「それとこれとは違うだろう?」 「ああ、うんそうだね違うよ。けどグーシーがそう言ってたんだ。"自分は所有者を求めている"って。面倒みてやんなよ、僕も手伝うし」  所有者だと? 国樹は驚き、またグーシーに視線を送った。つまりあの箱には元々所有者がいたということなのか? いや、そういうものなのか? だとしても、その所有者は自分でいいのか?  なぜだか、状況はさらに妙な方向へと向かっていた。  グーシーは所有者を求めている、これはいい。  だがそれなら別にゼスでもいいじゃないか?  どうして国樹なのだ?  自分とは会話も通じないじゃないか。  彼は想定しない事態に多少の動揺を覚えながら、今一度ゼスに尋ねた。 「本当に所有者と言ったのか? "食料"と間違えてないか? それに、その所有者は俺でないとダメなのか?」 「あ、うんどうだろ。所有者がとは言ってたけど誰とは言ってなかったかも。それよりさタガロ……あの天井の絵はなに?」 「ん?」  気がつくとゼスはまた宙を、いや一階広間の天井に描かれた壁画を見ていた。ゼスがこんなものに興味持つとは。不思議な感覚を抱えながら、国樹もまた視線を高く上げた。 「あれは……見たままだが天井画とでも言うのかな、壁画だよ」  そこには、この文明圏には相応しくない、写実的な壁画が存在した。  背景は黒く、人物は白く輝くよう描かれた珍しい壁画だ。  描かれているのは三人の人物、男性が二人、女性が一人だ。  国樹はそれを眺めながら、改めて自分が旅人であることに感謝した。  この美麗な壁画は、誰でもない人の手で描かれたものだ。  自然と頬が緩む。  人を知りたい、世界を知りたい。  それこそ国樹が旅に出た理由なのだから。  しかしまあ、連れはどんどん人間離れしているわけだが……。
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