序章:古都京都にて「16歳の決意」

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序章:古都京都にて「16歳の決意」

 京都の洒落た茶屋で一服、こういうのを乙というのだろうか。  国樹多賀朗(くにきたがろう)は慣れない木製の椅子に腰かけ、注文の品を待っていた。  店内は古く時代を感じさせ、落ち着いたインテリアは静かな空気感を引き立てている。  なんでも伝統のある本店を真似たらしく、本物ではないが評判のところはいいらしい。  眺めもよく、大きなガラス壁からは京都の街並みが見て取れる。  年季ものの建造物の後ろには、夏の青葉が山々を飾っていた。  風情があるねえ、と独り言ち、国樹は腕組みをした。  それから内心でこう思うのだ――ふざけるなよ、と。  なにが時代か伝統か、年季ものとは笑わせる。  歴史など誰も証明出来ないではないか。  確かに、かつての京都は古い町だったのだろう。  この国の都があり、観光客が波打つほど魅力的だったのだろう。  で、それはいつなのだ。  今が西暦で何年なのかも分からないのに、どうしてここにあるものが古い、と言い切れるのだ。  うんざりだ。  歴史ある街並みなど嘘っぱちだ。  そもそも歴史を感じたくてここに来たわけではない。  自分は学園都市を確かめに来たのだ、京都ならあるかもしれないと。  今の日本に大学は存在しない。  研究機関もロクにあったものじゃない。  詰まるところ、高等教育を投げ捨て技術者育成に舵を切った。  研究のない技術とはなんだ、先がないではないか。  そもそもなぜそうしたのか、いつ誰がどうやって決めたのか、誰も知らない。  気づいたらそうなっていたというから馬鹿げている。  十六年、一応義務教育は受けてきた。  だが、誰も国樹の疑問に応えてはくれなかった。  ――そういうもので、昔からそうだった。  そんなはずはない、ここまで至るのにどれだけ知識の集積と技術の研鑽を組み合わせたか、考えなくとも見れば分かる。  幹線道路、鉄道網は整備され、自動車や列車は立派に機能している。  電気は通っているし、船舶に関しては異様なほどの進歩だ。  あのガタイのいい船舶はどうやって造った。  なのに、空にはなにも舞っていない。  雲の向こう、或いはそれを割く航空機がどうしてない。  電子機器もそうだ。  そもそも電波が通らないから、物が存在しない。  電話は有線、パソコンや携帯電話などオーパーツ扱いだ。  そんなだからインターネットなど、もはや神話の世界の代物だ。  それなのに、ありもしないものをみんななんとなくは知ってはいる。  物を見たことがなかったとしても。  久野さん、どうしてあなたは俺にあんな物を見せたんだ。 「世界は広いぞ。お前もいつか、見てみるといい」  黒く日焼けした二十歳そこそこの若者が、嬉々として語る。  自慢げに、感動的に、そして時に扇情的に。  話だけならまだしも、実物を見てしまった自分はどうすればいい。  どれも動かないが、どうやって集めたのだ。  彼が国樹に披露したのは品物だけでなく、知識と情報まで含まれていた。  これがなにを意味するのか、あの人だって理解していたはずだ。  知識も技術も歴史すらも、ただ隠されているだけで存在するのだ――と。 「世界は揺りかごの中にある」  そう言った彼は、どこか確信めいていた。  誰とて身に覚えがあっていいはずだが、誰も興味を示さない。  だってこの国にはまともな統治機構がないのだから。  いつどこで誰が政策決定をしているのか、誰も知らない。  選挙がないのだ、民主主義ではない。  なのに完全に統治されている。  この国は安全そのもので、それはどこかの過去に埋没した日本と似通っているだろう。 「どうしても強く疑問を感じたのなら、行動に移せ。その時のためにこいつをくれてやる。お守り? 違う。きっとなにかが起きる、なにかは知らないが」  そう言って渡された小さな石の欠片を、国樹はポケットから取り出す。  人前に晒すものではないが、誰も自分にも石にも興味はないだろう。  摘まんだ欠片は濃い黄色で、不思議と薄く輝いていた。  ただそれだけの代物、ではないようだが。  というか、なにが起きるか分からんもん渡すなよ。  久野さんもみんなも、どいつもこいつも俺も含めて人類は一体どうしちまったんだ。 「箱根の関は越えるなよ、生きては帰れない」  頭の中で、久野の言葉を反芻する。  確かに首都圏は孤立している、陸の孤島だ。  この国の動脈、高速鉄道は疎か路線そのものがないからだ。  だが道路なら、道伝いなら行ける、だから忠告した。  なぜ?  生きては帰れないから……国内なのに? 「デカイ仕事が入った。当分会えないが、達者でな」  この国では誰か死ぬと確実に、家族へ死亡通知が届く。  来ないということは、無事であるという証明。  戦時中じゃあるまいし、なんでそこだけ完璧なのだ。  医療もそうだ、発達し過ぎている。  流行り病なんて聞いたこともない。  黒死病が蔓延することもなく、コロナウイルスだって舞っていない。  なにより病気で死ぬことなど、そうそうない。  誰かに管理されている……だが誰にどうやって?  普通に生活しても、よく観察しても、なんの気配も感じられない。  田舎でも都会でもなにも見て取れず、怪しいところは見受けられない。  テクノロジー的な点は特に、だ。  そして久野さんの実家に、死亡通知はまだ来ていない。  首都圏に入ったとは考えにくい。  答えは分かりきっていた。 「お待たせしました、宇治抹茶スイーツセットです」  着物の姿の若い女性店員が、頼んだ品を運んできた。  営業スマイルで丁寧に、品物を並べてくれる。 「ありがとう」 「ごゆっくりどうぞ」  これが京都訛りか、これは聴きたかったかもしれない。  そう思い、国樹は思わず声をかけた。 「あの」 「はい」  店員は振り返ると、整った笑顔でこちらを見ていた。 「あなたみたいな人を、京美人って言うんでしょうね」  あらぬところから言葉が飛んできた。  そんな様子で店員は立ち止まり少し固まっていたが、すぐに愛想笑いで店の奥へと消えていった。  事実を言っただけだが、さすがにキモかったか。  話したかったがもう無理かな……国樹が自省していると、 「はは、兄さん、あの娘は神戸出身や」  店主らしき人物が笑っていた。  なるほど、それは大変失礼なことをした。  頷くと店主が付け足した。 「京言葉はうまいけどな」  だよな、あれ絶対練習してる、努力家だ。  最後にもう一度だけ、話しかけてみるか。  この国を出る、付き合っていられない。  久野さんは無職の冒険家、というふざけた肩書をぶら提げていた。  なら自分にだって可能だ。  物だ、冒険して物証を集め全国に、首都圏の奴らに突きつけてやればいい。  安穏と暮らす奴らに「いやおかしいだろ気づけよ!」と投げつけてやるのだ。  そうすりゃ目覚め……しかし冒険家ってのは具体的になにをするんだ。  久野さんは話してくれなかった。  そもそも海外に証拠が転がっている保証なんてない。  抗うよう、国樹は激しくかぶりを振った。  いやいいんだ、とにかくこの国にはもううんざりだ!  目的はまずこの国を出ること、その後のことはその時考えりゃいい!  決意と共にさじを取る。  抹茶ケーキもクリームもいかにもな見た目だったが、意外にも甘くなかった。  甘くない、甘くなくても構わない。 「つーか凄え美味いな、ありだな」  国樹は独り言ちながら、これが最後の晩餐、なんてことにならなければいいがと自嘲する。  そうして旅の展望を頭に描いていた。
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