ひとり旅のはずが……

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ひとり旅のはずが……

 そんなことってあるだろうか。  背負っていた背嚢(はいのう)をおろして口を開けたら、ぼろぞうきんよりぼろくて汚いネコが入っていた。  いや、もしかしたらネコっぽく見えるぞうきんかもしれないとつまんでみたが、生暖かった。つぶらな目が俺を見ている。これは確実にぞうきんじゃない。 「なんでだ……」  思わず呟き、途方にくれる。出発してから今まで一度も背嚢を下ろしていない。ということはこのぼろぞうきん、ではなかったネコは出発前にこれに入ったということになり、となるとこいつは出発地である城に住まうおネコ様だという結論になる。  城には十二匹のおネコ様がいる。彼らはねずみ取りのために飼われ非常に大切にされている。俺は寡聞にして個々のおネコ様を知らないが、一部のメイドたちには大人気らしい。そのうちの一匹──にしてはあまりに汚い気がするが──を、不可抗力とはいえ俺は誘拐してしまったようだ。  さてどうするか。  だが、待てよ。俺が連れ去ったなんて誰も分からなくないか?  そもそも俺は城には戻れない。 「見なかったことにしよう」  馬から降りると俺はネコを道端の草の上に起き、水筒を取り出して水でのどを潤した。 「……ミャア……」  雑巾並みに平べったくなったネコから、掠れた鳴き声がした。見ると目があった。  まだ夏前だというのに今日はやけに暑くて喉が乾く。この水筒は二本目で肩から下げていたものはとっくに空だ。そんな暑さの中このネコは背嚢の中にいて、当然何も飲んでいない。  鳴いたのはきっと、水がほしくてだ。  いつもの俺ならネコなぞ生きようが死のうが興味はない。だが今日はこいつの惨めな風体が俺の心に刺さった。  だがどうやって水をやったらいい。皿なんて持っていない。辺りを見回す。当然だが皿が落ちているなんて幸運もない。  しばし考えたあとネコの前に座り、丸く椀のようにした左手に水を入れて差し出した。そいつはつぶらな瞳で俺をみつめたあと、ぴちゃぴちゃと水を飲み始めた。時おりざらりとした感触の舌が当たって痛い。凶器みたいな舌をしているらしい。これのどこに人気者になれる要素があるんだ。  無性に腹立たしくなりながら、でもぼろぞうきんにしか見えないヤツを見ると今の自分と同じように思えて、水を追加してしまうのだった。
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