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ネコと俺
ふたり旅──しかも王女と──なんて想定外もいいところだが、なんとか上手くいっている。
ビアンカは昼間はネコの姿で、宿に入ると人の姿に戻る。あらかじめ俺が買っておいた軽食や果物を食べると、再びネコに戻って眠る。俺と同じベッドで。
いくらネコの姿とはいえ王女と同衾はまずいのではと頭の片隅で思ったが、深く考えないことにした。俺はもう近衛ではない。それにネコは可愛い。城を出るまでネコなぞ気にもかけたことがなかったが、姿も仕草も全てが可愛い。それが人間が化けたものだとしても。
リボンをくれた農家の娘は、ネコは顔まわりを撫でられるのが好きだと教えてくれた。彼女がしていた通りに耳の後ろや頭を撫でるとネコはのどをゴロゴロと鳴らす。娘の話では喜んでいるしるしらしいし、ネコも嫌がらない。ネコが年頃の王女だと思うとまずいような気もするが、どういう訳かやっている俺もほんわかとした気持ちになるからやめられない。
とにかく深く考えないことが重要なのだ。
その代わり、人の姿のときのビアンカはちょっとばかり辛辣だった。とある晩に冤罪なのに誰も俺を信じない、調査しようともしないと愚痴ったときのことだ。彼女は冷めた顔をして、
「当然でしょう」
と言い放ったのだ。
「自業自得よ。あなただって仲間を信じたことがないでしょう? 同僚は蹴落とすべきライバルで、ミスした部下は切り捨てる。上昇志向が強くて、せっかく言い寄ってくれた女性にも身分が釣り合わないなんて理由で断りを入れる。いくら剣技に優れ頭脳明晰でも、誰もあなたを失いたくない仲間とは思わないわ」
「非エリート身分の俺が近衛の中でのし上がるには必要なことだった。友達がほしくて入隊した訳じゃない」
「王家を守る崇高な理念をもって入隊した訳でもない」
彼女の返しに俺は言葉が詰まった。その通りだ。だが俺以外の奴らのほとんどにも、そんな理念があるとは思えない。
「もっとも王家にそんな価値はないから、私は入隊理由なんてなんでも構わないわ。でもあなたが嫌われ者なのは事実で、だからこそ誰も調査なんてしようとしないの。鼻持ちならないあなたを追い出すのに、ちょうどいいのだから」
「……言いすぎだ。事件までは俺にも仲の良い奴が多少はいた」
「あなたが地位についていたからでしょ。仲間ではなくて、おべんちゃらを言って旨い汁を吸おうという浅ましい人たち」
俺は言い返せなかった。今となってはそれが真実なのだと分かる。
「……ていうか何であんたが俺事情にそんなに詳しいんだ」
ビアンカと話したのはたった一度きりだし、彼女が近衛連隊の誰かと親交があると聞いたこともない。
俺の至極もっともな疑問に王女は頬を赤く染めたのだった。
「誰もが私を憂さ晴らしのための姫と見下していた中で、あなただけが叱咤し励ましてくれたのよ。どんな方なのか気になるのは当然だと思わない?」
「つまり俺に注目していた?」
「少しだけよ。知れば知るほど、あなたって最低なのだもの」
「……最低は酷い」
「だって良い噂がなかったわ」
「そんな筈はない。ひとつくらいは」
「剣に優れる。でも魔法は並み」
「……容赦なさすぎじゃないか。あんた、性格が変わりすぎ」
「元々、こうではあるのよ」
「無抵抗で苛められていただろう!」
「だって絶対的に数で負けるのよ。抵抗すれば余計にひどくなる。それに彼女たちは私が怪我をするような暴力はふるわなかった。商品価値が下がると陛下に怒られるから」
ビアンカは母親譲りの美しい髪と目をしていた。金色の髪は絹糸のようだし、瞳は夏の青空を切り取ったよう。並外れた美人ということはないが顔の造作は繊細で儚げ。
この容姿を好まない男は滅多にいないだろうが、だからといって娘を商品呼ばわりする王はろくでもない人間だと俺は思った。
「いずれどこかの国に嫁ぐのだから、それまでの我慢だと思ってやり過ごしていたの。でもあなたが怒ってくれて私、我慢するだけではダメなのだと分かったのよ」
「……その結果がネコ」
なにかズレてないかと思ったが、ビアンカの真理をついた言葉の数々に俺は結構なダメージを受けていたので、余計なこと言わずに会話を終えたのだった。
辛辣なビアンカはネコになると俺のそばで丸くなって眠った。思う存分に背中を撫でさせてくれる。もふもふした毛にほどよいぬくもり。
それは俺の惨めな気分をおおいに和らげてくれたのだった。
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