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第5話
案内されたのは広々とした居間だった。ドアをくぐると、正面には広い窓が水平線を映している。空と海。青の濃淡のグラデーション。窓からの光を背後から受けて、室内のすべてが影の中に沈んでいる。
ソファに座る影、窓のそばに立つ影、まるで置き物のように壁際に佇む影。
案内してきた警官は戸口で立ち止まり、そのまま直立する。セオリーどおり。彼にうなずいてみせて、顔を戻したとたん、マクファーレル警部補を罵声が襲った。
「いったい、いつまで俺たちを足留めする気だ! 犯人はわかってるだろ! さっさとそいつをしょっぴいて行けよ!」
毒づいた人影は、ソファにふんぞりかえって煙草をふかしている。
「すると、あなたは父上を殺した犯人をご存じということですね。ミスター・ジャック・ジャヴィット」
名を呼ばれて一瞬固まったその影は、そのまままっすぐに人差し指を伸ばす。その先には、壁際に立ちすくむ影がいた。
「そいつだ。親父の財産を狙ってこの家に入り込んで、ついにヤっちまったというわけさ」
「ち、違う! ざ、財産狙いなんて、ぼ、僕はそ、そんなつもりは全然……」
「嘘をつけ! あのケチな親父がお前に援助なんて言うわけがないだろう!」
「え、援助はほんとです。ぼ、僕は……」
「お前しかいないんだよ! この家で親父殺そうなんてヤツはさ!!」
「なぜ、ぼ、僕は……」
「興味深いですね。そのあたりのお話、ゆっくり聞かせていただきたいですね」
口角泡を飛ばすような毒舌も、必死の抗弁も、まるで耳に入らなかったかのような、事務的なマクファーレル警部補の口調に、ぴたりと空気が静まった。
「しかし、まずは皆さんのことが知りたい。今回の件を殺人事件として調査するなら、皆さんの協力は不可欠です。よろしくお願いします」
静かになった居間は、高くもなく、低くもなく、淡々とした警部補の声に支配された。
「まずはあなたから、ミスター・ジャヴィット。お父上にはお気の毒なことでした。お悔やみ申し上げます。さて、一昨日の夜、お父上と最後に会われたのはいつですか」
「は! 夕食がすんでから、『いったいどういうつもりだ』って言いにいったな。『得体の知れないアカの他人に援助なんて、なにバカなことしてんだ』ってな。親父とさんざんやりあって、別れたのは10時過ぎだったんじゃねえか。それから酒くらって寝ちまったよ」
「お父上の異変に気づかれたのは?」
「昨日の朝だ。あの野郎がさんざんわめきやがって、起こされたんだ。自分でヤっておいて、恐くなったんだな」
逆光の薄暗さに慣れてきた目に、侮蔑の色を浮かべて、再び壁際の人影を睨みつける青い目が映る。手入れの行き届いた金髪、鍛えた身体にぴったり合ったスーツ、指には高価な葉巻。命令し慣れた者に特有の、居丈高な態度。労働経験はなし。労せず得た金で、磨き上げた外見というわけだ。イライラとひっきりなしに身体を動かし、場を制した者が勝ちとばかりに声を張り上げる。
──成金の我がまま息子のステレオタイプ。
率直すぎる感想は口に出さず、マクファーレル警部補はジャックの隣に座る婦人に目を向けた。ふわふわしたプラチナ・ブロンドを流行の髪型にまとめ、真っ赤なつやつやしい口紅がふっくらとした唇を官能的に強調している。22、3歳。
──プラチナ・ブロンドは染めたもの。「人工の美女」だな。
死者が出たばかりの家の家人にしてはハデな外見に辛辣な評を下しながら、口調はあくまでも穏やかに尋ねる。
「あなたは……」
「ミリアム・ストーク。俺の女だ」
ジャックが横柄に答える。
「なるほど。ミス・ストークが最後にミスター・ジョセフ・ジャヴィットに会われたのは?」
「夕食のときだよな。な?」
「ええ、そうです。ミスター・ジャック・ジャヴィットのおっしゃるとおりです」
ようやく開いた唇は、もの憂げに男の言葉を肯定するのみ。
「その後は会われていないのですね」
「って、言ってるだろう!」
「どなたか、それを証明できる人がいますか?」
「俺が証明するさ。親父と会ったあと、ずっとこいつといたからさぁ」
──ジャック・ジャヴィット、ミリアム・ストーク共にアリバイなし。
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