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第1章 -1「ボクがペンションに居着くまで」
どうでもいい。
もうなにがどうなったってかまやしない。
どうでもいい。
どうでもいい。
* * *
ずっと雨が降っていた。
濡れた髪が顔に貼りついて、うっとおしいなって思った。
水滴が口元にまで流れ落ちてくる。
顔を叩く雨が流れるのと、髪から流れ落ちてくる流れとは、
速さが違うんだなって、ぼんやり思った。
服がどんどん重くなって、脚にまとわりつく。
まるでボクを転ばせたがってるみたいだ。
手がふるえているのが不思議だった。
なんでふるえているんだろう、ガタガタと。
身体はボクの思うとおりに動いているのに、
手だけがガタガタふるえている。
瞬間、手のふるえが全身に広がったような気がした。
脚が動かない。
バシャンと水の鳴る音がした。
──どうでもいいのに。
どうしてまだこんなに感じることがあるんだろう。
* * *
──あたたかい……ふわふわとあたたかい。
あたたかいってことは、ボクは寒かったのか。
っていうか、なぜこんなにあったかいんだ!?
指を伸ばす。
タオル地の感触、それからなめらかな手触り、またタオル地、なんだかもこもことした感触。
指が外気に触れる。
身体全体が感じる、ふわふわした重み。
ふとんの中!?
──って、どこの!?
目を開ければ、白くて、なにかツル草みたいな模様が彫ってある……天井?
ボクは何枚かのバスタオルにくるまれて、床にじかに置かれたマットレスとシーツと毛布とモコモコした布団の中につっこまれていた。
……裸で!
身体を起こしたら、くらりときた。頭を動かさないように、そーっと光の来るほうを向く。
天井まであるような窓。中途半端に閉められたカーテンの隙間から白い光がさしこんでいる。
逆光になってよく見えないけど、でっかいベッド。布団のもりあがりがふたつ。
──ひとつのベッドにもりあがりがふたつ!? ってことは、ここはどこかの誰かさんの夫婦の寝室!?
ちょっと待って。それはとってもまずい。なにがまずいってわかんないけど、まずい。
うわ、なんか動きだした。
オヤジだぁ。うわあ、バスローブなんて引っかけてるよ。
あ、この際、奥さんに起きられるよりはましなのか。
って、そんな場合じゃなくて、どうリアクションすれば。
ちょっと待って、なんか金髪っぽい? えっ、マジ外人?
わー、わー、近づいてくる! 英語、話せないよ! アイ、キャント、スピーク、イングリッシュだよ! わー、来るなあ!
「サヴァ?」
──サバ? 鯖?
ボクの傍にかがみこんで、まるで天使の輪っかのように髪を金色に光らせた巨人がにこにこしている。
ボクが答えるのを待っている……んだよな。でも、なんて答えたらいいんだよ。
「え……と」
「こんな小僧にフランス語で声かけてどうするんだっての」
なんとか絞りだそうとした声を断ち切るように、言葉が飛んでくる。あわてて頭を上げたら、またくらっと目眩がした。
「どう見ても中坊じゃん。ベア見て、ビビッちゃってんじゃないの」
くらくらする頭を動かさないように視線だけを上げてみれば、だらしなく引っかけたバスローブの前を片手で合わせて、バサッと長い髪を片手でガシガシやっている若い男。
「おまえ、なんでここにいるかわかってる? わかってないよな。2日前にベアが拾ったんだ。ずぶぬれですっかり冷えきって意識もないから、病院に放りこんどけっつったんだがよ。ベアが『わけありっぽいから』って、ここに置いたんだ。急に容態が悪くなったらいけないとか言って、俺たちの寝室にマットレス引っぱりこんでよ。迷惑ったらないぜ。ま、気がついてよかった。さっさと出てってくれ」
聞いてるうちに、身体がふるえてきた。力が抜けてぐらついたところを、金髪男が受けとめてくれた。
「まだこんなありさまなのに、追い出すなんてかわいそうだよ、カガリ。せっかく助けたんだ。もう少し元気になるまでいさせてやってもいいんじゃないか」
──なんだ、日本語しゃべれるんだ。
「ここは、どこ?」
身体を横たえてくれる金髪男に聞いてみる。
「清里だよ」
「キヨサト?」
「清里のペンション『愛の巣』だ」
──あいのす? 「愛の巣」?
ベアと呼ばれた金髪男と、カガリとかいう長髪男。
ふたりのペンション?
目の前にチカチカ星がまたたいた。
なにもわからなくなった。
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