※谷の底※

3/3
前へ
/596ページ
次へ
変な夢を見た。 今日のレスキューと同じように、崖の下に落ちた車に健太がいた。 18の健太なんか見たことあるわけないのに、運転手が18くらいの健太だと思った。 16年前、十歳だった健太の顔さえぼんやりしか思い出せないのに、一瞬で健太だと分かった。 運転席からしかアクセス出来ずに、健太の座る運転手側のドアを開けたら、何故か助手席に今の柚がいて、息をしてるかも分からないほどぐったりしてた。 脚が震えて、声が出ない。 俺が必死に柚に手を伸ばすのに、「もう死んでるよ、俺を出してよ」って健太が言った。 柚は、生きてるかもしれないし、死んでるかもしれない。 駄目だ。 死んだら、駄目だ。 柚、柚!! 名前を呼ぼうとするのに、喉が詰まって、まるで声が出ない。 柚! 汗だくになって、そこで起きた。 嫌な夢。 意味なんかない。 分かっているけど、むちゃくちゃ寝覚めが悪い。 携帯を見ると、柚が心配して、昨日の夜からいくつかメッセージが入っていた。 『お仕事、お疲れ。拓くんと花火見て、今、帰ってきたよ。お祭り、誘ってくれてありがとね』 『おはよう。もう帰ってきたかな? お疲れ。大丈夫だった?』 『龍、大丈夫?』 柚に会いたかった。 それと同時に、会いたくもなかった。 頭ん中がやばい。 柚を見たら急に泣くとか、めちゃくちゃに抱くとか、変な事をやらかしそうだった。 死が近すぎた。 変な夢まで見ちゃって、柚に触りたい。 温かさを感じて、生きてると感じたい。 こんな仕事してるのに、弱いよ。 これっくらいの事故処理で、情けねえ。 ベットの中で、携帯の文字をしばらくぼんやり眺めてた。 心配はさせたくなくて、結局『大丈夫。夜遅くって、今、起きた』とだけ返信した。
/596ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2309人が本棚に入れています
本棚に追加