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スーパーによって、夕食の材料を買い込んで、龍之介のアパートに行った。
ドアを開けた龍之介は部屋着の短パンとTシャツで、寝起きっぽい頭のまま、「入って」とやんわり笑って私を招き入れた。
部屋に上がってキッチンに買い物バックを置いて、キッチンの入り口に立ったままの龍之介と向き直る。
「龍、大丈夫?」
「んー」
大丈夫じゃないんだろう。
はっきり返事もせず、手を伸ばすと、私をぎゅっと抱きしめた。
そっと背中に手を回して、抱き締め返した。
「大変だったね」
何も出来る訳じゃない。
そばにいるだけだ。
「仕事」
仕事だって、割り切ろうとしたって、心が苦しいときだってある。
「仕事でも、きつい時はきついよ」
「ん」
低く返事をしたまま、むぎゅーっと私を抱きしめてじっとしている。
ああ。
きっとほんとに大変な仕事だったんだと思う。
龍之介が泣くんじゃないだろうかと思った。
顔を上げて、手を伸ばして、龍之介の頬に触れる。
ちょっと髭が伸びてて、ざらっとしていた。
私のその手を龍之介の大きな手がつかむと、手首に縋りつくように口づけた。
あ。
龍。
ぐっと腰に回した手に力が入ったと思ったら、急に抱き上げられた。
「柚。こっち。ダメだわ、俺」
持ち上げられて、バランスを崩しそうで、首にしがみついたら、そのまま、足でドアを開けて寝室に連れていかれた。
ベットにそっと私を横たえた。
大きな腕を頭の両脇に付かれて、じっと見下ろされている。
「柚。抱きたい」
大胆な行動と、泣きそうな声が、どうもアンバランスで、龍がどうかしてしまったようで、切なく、悲しくなった。
「……いいよ」
左腕の薄くなった傷に、手を伸ばして、そっと撫でた。
傷跡をなぞって、昔、私が贈った腕時計まで指先を下した。
龍が、夢を叶えて、傷ついている。
人生、なんなんだろうか。
大人になって、夢がかなったら、それで幸せじゃないのだろうか。
夢だと思った仕事に就いたって、現実は、こうも苦しい。
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