番外掌編:主従関係にもえるBL

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番外掌編:主従関係にもえるBL

88099fc7-9617-4162-bbce-a91ca453f8ed 「キャラメルを貰ったんだ、僕はまた貰えるからお前がお食べよ」  あれは私がこの家へ奉公に上がって間もなくの頃だったでしょうか。番頭さんに叱られ勝手口の脇で泣いていた私に、そう言って坊ちゃまはキャラメルの塊を包んだ油紙をくれたのでした。  どうして坊ちゃまは私を見つけてくださったのか、それは分かりません。けれど、坊ちゃまはお小さい頃から心が優しい方でしたから、叱られた同い歳の私を見過ごしてはおけなかったのでしょう。 「だめです、いただけません」 「いいんだよ。言えばその方は、きっとまたキャラメルを僕にくれるだろうからね」 (僕の好きな人は、本当はとっても優しいんだ)  坊ちゃまは声に出さず口の形だけでそう私に言うと、ほんの少し淋しげにお笑いになりました。  私はそれですべてを悟りました。坊ちゃまは、あのお方に恋をなさっているのだ。一族から風変わりな人物だと距離を置かれている、従兄の帝大生に。       一族の集まりではじめてあのお方のお顔を拝見した時、私は吃驚いたしまして、急いでお部屋を出たものでした。  まるで奥様のお部屋にあるフランス人形の様な美しく化粧の施されたお顔に、帝国大学のマントを羽織ったお姿が、どこか知らない国の方に見えたのです。  あのお化粧は芳彦様のお母様の趣味らしい、お顔に大きなお怪我をされてそれを隠していると聞いたわ、女中たちのひそひそ声は、お茶を取りに来た坊ちゃまの耳に届いてしまったようでした。  淋しそうな坊ちゃまの横顔が印象的だったのを今でも覚えております。あの頃からきっと、坊ちゃまはあのお方――芳彦様のことが好きだったのでしょう。  今日がお別れの時となりました。以前からお身体の悪かった奥様がいよいよ長野のサナトリウムへと移られることとなり、何かと男手が入り用だということで、私は奥様とともに長野へ、坊ちゃまは芳彦様のいらっしゃる寄宿舎へ入られるのです。 「坊っちゃま、そろそろ出発の時間です」 「分かっている」 「決して芳彦様に我儘などおっしゃいませんよう」 「分かっているさ」 「作法も忘れず、お世話になる身ということを弁えて」 「番頭の口癖に似てきたね、お前。ねえ甘いものが欲しいのだけれど、キャラメルは無いかい」 「そういったこともこれからは」 「最後の我儘くらい言わせておくれ」 「……かしこまりました」 「元気で」 「……坊っちゃまも」  坊ちゃまから頂いたキャラメルの塊は本当に甘くて美味しくて、叱られた涙がいつの間にかひっこんでいたのを思い出します。  坊ちゃまがお幸せに暮らせることだけを、私は祈っております。願わくば、芳彦様に坊ちゃまの思いが届きますよう。 fc908287-ef64-448a-ade5-079276c636d21a9df537-3598-4bb8-87c3-9005ded16df2e525c92d-f6d7-4aa9-8d86-e951727f0982レトロBL短篇集を書き終わったら書こうと思っているギムナジウム(日本)のお話の一篇です。僕(朔太郎)が恋をしている女装お兄さんの芳彦さんとのギムナジウムBLネタを長編にするつもりです。(下記もその一篇です) cbe7ab20-520f-4495-a965-6e89ffccc79f517ff70e-929c-45f5-ba0e-a748eca9b61c9c909a59-0288-45cd-866f-d08862391fe7 寄宿舎でのイメージツイノベはこちら↓ 芳彦さんは、温めたミルクの入ったカップを僕に渡すと、自らもカップを持って窓辺にもたれた。 外は雪が降っている。窓際は寒いだろうと思うのだけれど、芳彦さんは意に介していない風だった。 「ははは、僕のホットミルクには少しだけブランデーを垂らしているのだよ。ああ、これは先生方には内緒だよ?」 「は、はい」 「さて、昨日の続きを話そうか。僕の初恋の人の話からだね」 そう言うと、芳彦さんは一口ホットミルクを飲み、窓の外の揺れる湖面を見つめながらゆっくりと口を開いた。 里見君は結局のところ、誰にも何も言わずに居なくなった。 彼は決して見目の良い少年というわけでもなかった。家柄も、成績だって中の中といったところだった。 けれど、彼には抗いがたい魅力のようなものがあった。魔性、と言えばしっくりくるかもしれない。 里見君は、先生に呼ばれて小一時間戻らないことがままあった。 僕は妙に汗ばんだ胸騒ぎをおぼえてね。こっそり後をつけてみたんだ。 里見君は書庫の一番奥で、先生の頭を抱え込むようにして愛撫を受け入れていたよ。 背中をしならせ、押し付けるように。 先生はまるで里見君を貪り喰らうように、その貧相な身体を撫で回していたけれど、里見君は形ばかり喘ぎながら、 けれど能面の様な微笑みを浮かべていたのが印象的だった。 里見君は、感じている振りをして何も感じてはいなかったんだ。 里見君は、あわいを開くよう先生に言われた。 先生の言うなりに受け入れてはいたけれど、それでも里見君の能面のような表情は何一つ変わらなかった。 僕はそれを最後まで見届けたよ。 暫くして里見君は、お家の事情で寄宿舎からそっと去った。 それから里見君がどうなったかは、僕は知らない。 美しい化粧を施している従兄、芳彦さんに連れられて、寄宿舎のある学校へ転入した僕。芳彦さんから着せ替え人形のようにあれこれと尽くされ、耽美な言葉を囁かれ、芳彦さんの魅力におちていく。そんな僕に、芳彦さんが寄宿舎での思い出を語る場面でした。         画像出典:国立国会図書館「NDLギャラリー」
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