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「えっと、今喋ったのって‥」
「ああ、よいよい、人間が驚くくだりは見飽きておる」
のっそりと、土管から顔と右前足を出して、その肉球を顔の前で左右に振った。
オレが固まって呆然としているのを察したポテトが、やれやれというように言った。
「言うておくが、吾輩は妖怪の類いではないぞ。ただ長いこと生きておったら身体が大きくなって、ついでに言葉を覚えた。それだけのことだ」
「‥すごいですね‥」
と、なんとか声を絞り出した。
「いま、おいくつなんですか?」
頭の混乱は何も片付いていないのに、自然に会話を続けようとした自分に驚いた。
猫と会話をしていいのか?おそらく理性がそう訴えている違和感があった。
そして、頭が痛くてなんだか吐き気さえもしてきた。
「歳か。悪いが、我々ネコの種族には、年齢を数えるという概念がないのだ。しかし、それに相当する事を言えるとすれば、吾輩がまだ幼き頃の最初の主人は、清少納言という女であった。ということぐらいであろうか」
マジかよ。いや、だったらもうそれってアンタ、化け猫じゃん。
「あと、やはり吾輩の事を受け入れ難いなら無理する必要はない、それが通常の反応であるし、そしてそれも吾輩は慣れておる」
「いえ、そんなことは‥」
色々、辛い目にもあってきたのだろうか、と勝手に想像して、なんだか申し訳ないような気持ちになった。
「早ようウチへ戻れ。家の者が心配しておるだろう。嵐が去ったら吾輩も姿を消すゆえ」
‥えっ?
「人間と言葉を交わしたら、その土地を離れる。これは以前からの吾輩の決め事である」
結菜の顔が頭をよぎる。
「‥そ、そんな。別にいいじゃないですか」
「色々と面倒に巻き込まれるのは御免であるからして。致し方ないのだ」
「‥じゃあなんでオレに話しかけたんですか」
「おぬしのオロオロした顔を見ておったら気の毒になって思わず声をかけてしもうた。いやいや無念だ、ココは割りかし気に入っておったがゆえに」
「‥そうでしたか、すみません。いやでも気に入っておられるなら、今回は特別にいいじじゃないですか!」
「うむ。しかし例外は認められない。無論、これは吾輩の個人的な戒律であるから、おぬしが気に病む必要はない」
「そんな‥」
「さあ、もう帰るがよい」
ポテトはくるりと反対を向いて、そのままゆっくり土管の中へ入っていこうとした。
「あのっ!もう一度だけ!最後に結菜と会ってやってくれませんか!お願いします!」
むこうを向いたままのポテトの耳が、ぴくぴくっと素早く動いた。
「‥うむ。それであるが、実はこれほど名残惜しいと思うのは久方ぶりであって、吾輩の方からも、お願いしたい所であったが、立つ鳥跡を濁さずというか、無粋というか、なんというか‥」
急に歯切れ悪くごにょごにょし出したポテトを見て、オレは思わず駆け出していた。そしてポテトの頭をぎゅっと抱き寄せて、めちゃくちゃに撫で回した。もうそうせずにはいられなかった。
「ちょっ、コラっ!やめぃ!止めぬか!‥ん〜、いや、もう少し左のほうを‥そうそう‥」
台風が去ったあくる日の月曜日、保育園の帰りに2人で会いに行くと、ポテトは約束通り、いつもの場所で待っていてくれた。あの時の嬉しそうな結菜の顔は今でも忘れられない。
しかし次の日、居ないと分かっていて空き地へ行ってみると、なんとなく照れ臭そうな感じでポテトがまだいた。オレは思わず吹き出しそうになるのを必死にこらえた。そしてそれがダラダラと一週間ほど続いてから、急にフイっと居なくなってしまった。あの日、雨よけに渡したパラソルは、どうやら気に入って持って行ったらしい。
元気でな、ポテト。
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