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「ポテトちゃ〜ん!ご飯持ってきたよ〜!」 草をかき分けて、大事そうに両手で抱えてきたキャットフードを、100均で買ってきた平たい皿にガラガラと流し込む娘の結菜。その様子を箱座りで目を丸くして見つめる猫。 「はい、食べていいですよ〜!」 言われてから一拍置いて、がっつくことなく、静かにかりかりと音を立てて食べ始める猫。それをニコニコしながら見つめる結菜。 これだけだと、ただ野良猫にエサを与える女の子、というだけなのだが、いかんせん猫のサイズがデカすぎる。本当にウチの軽自動車と同じか、少し大きいぐらいだ。この場面を写真に納めても、おそらく偽造だと思われるに違いない。ちなみにポテトとは結菜の好物のフライドポテトから頂戴しただけの猫の名前である。 もちろん初め見た時は、驚きと恐怖で足がすくんで、結菜を抱き寄せて震えるだけで精一杯だった。が、とうの彼はというと、少しのあいだ不思議そうにコチラを見たあと、あ〜眠た、とでも言うようにゴロンと背中を向けてぐーぐー寝てしまったのだ。その何か哀愁の漂う背中からは、敵意や悪意がまったく感じられなかったし、一言でいえば、とてものんびりした性格のように思えた。 それから約3か月、結菜にせがまれて、ほぼ毎日、彼に会いに行った。彼は我々を歓迎しているようではなかったけど、かといって拒否しているようでもなく、ああまた来たのかというような雰囲気だった。そのうちに、急に暴れて噛み付かれたらどうしようとか、引っ掻かれたらタダじゃ済まないだろうなとか、そういう命の危険の類は感じなくなっていた。慣れとは怖いものだ。正直、小さい子供を持つ親としては正しい判断とは言えないだろう、でも、おそらく人柄、じゃなくて猫柄が良いと感じたからオレも安心していたように思う。 ただ、一体いつからココにいたのかとか、なぜこんな大きいのに見つかって騒ぎにならないのかとか、そもそも猫なのか?妖怪やもしくは宇宙人ではないかとか、そういった疑問は山ほど頭を駆け巡っていた。 「ねぇ、パパ。ポテトお家で飼いたいよ」 ポテトの鼻をぶにぶにしながら、少し哀しそうな顔で娘が言う。ポテトはされるがままだ。 「ん〜、お家の中はせまいからね。ポテトは身体が大きいから、やっぱりかわいそうだと思うよ」 「え〜、だって〜‥」 このやりとりはこれまで何度もしたが、今日は駄々をこねないだけ随分マシだ。さすがに軽自動車並のネコを家で飼うのは無理だし、嫁さんも絶対に許さないだろう。そもそも家に連れて帰る途中でビックリした誰かに通報されて連行されてしまうかもしれない。 ゴロンと腹這いになるポテト。これは猫が気を許した相手にする仕草だ。 キャー!と嬉しそうにお腹によじ登って、ふかふかのお腹に顔をうずめる結菜。 「猫はここを撫でられると気持ちいいんだよ」 あごの下をさすってやると、結菜も真似をして両手でこちょこちょし始める。ポテトは満足気に目を閉じて、もっとやってくれというように首を伸ばした。 その数日後、金曜日の夜から超大型の台風が日本の全域を暴風域に巻き込みながら北上し、雨風があまりにも強いので、お出かけどころか買い物に行くのもはばかられるほどだった。 「ポテトちゃん、大丈夫かなぁ」 窓から吹き荒れる外を眺めている結菜。たしかにオレも心配ではあった。あの図体で、人に見つからずに雨風をしのげる場所があるのだろうか。もしかしてアソコでただじっと耐えているのだろうか。いやそもそもアイツはどこか裕福な家の飼い猫で、今ごろ高価なソファに体をうずめているのかもしれないじゃないか。 ふと結菜の顔を見ると、口がへの字に曲がっていた。 「パパ、ちょっとポテトの様子見てくるよ。結菜はママとお留守番しててくれる?」 何を持っていけばいいだろうか、焦って頭がうまく回らない。とりあえずキャットフードと、何か屋根になるようなもの、そうだ海水浴用のパラソルがあったな。嫁さんに経緯を簡単に説明してから、荷物を車に乗せて空き地へ急いだ。 カッパを着て車から降りると、横なぐりの雨風に足をすくわれそうになる。まさか本当にどこにも行かずにジッとしているのだろうか、雨に濡れて萎れたポテトを想像して胸が締めつけられた。 強引に草をかき分けて奥へ進んで行くと、いつもの場所にポテトの姿はなく、ちょうど身体の大きさに草がぺしゃんこになっているだけだった。そりゃちゃんと避難するよなと、ホッとしたのと同時に、しかしどこへ行ったんだろうと心配になった。無事ならいいけど‥ 「なにも、こんな日に来なくともよいのに」 一瞬心臓が止まったかと思った。威厳のある、良く通る声が周囲の騒音を物ともせず響いた。その声のした方を恐る恐る振り返ると、空き地の隅っこに無造作に積み上げられた土管の隙間から、ひょっこり鼻から上だけを出したポテトがコチラをまっすぐ見ていた。
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