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保育園で子どもをお迎えした帰路、捨て猫を見つけた娘が「おむかえしたい」と駄々をこね始めて……。 これはオレと娘と「ある猫」の物語である。 会社帰りに娘の結菜を保育園に迎えに行くのはオレの役目だ。この日もいつものように娘と手を繋いで家路に向かっていた。今日は立て続けに商談があった上に、度重なるトラブルに巻き込まれて、もう本当にクタクタだ。何をする力も残っていない。早く帰って風呂に入って冷たいビールを飲んで休みたい。そんなことばかりを考えていたので、申し訳ないが娘との会話もまったくの上の空だった。だから突然娘が腕をうしろへ強く引っ張った時には、よろけてもう少しで転げてしまうところだった。 「パパ!聞こえる!」 見ると、娘は「売地」の看板を掲げた空き地を興奮した顔で必死に何度も指さしていた。およそ普通の一戸建て三つ分ぐらいの広さで、たしか以前は何か建物があったような気がするが、ハッキリと思い出せない。 「なにが聞こえるの?」 「ネコ!ネコちゃんの声が聞こえたよ!」 「ネコちゃん?」 空き地と言っても、オレより背が高い雑草がボウボウと生い茂っており、奥のほうは全然見えない。 「気のせいじゃないかな、ネコちゃんいないよ?」 面倒くさい流れになりそうな予感。わざとらしく素っ気ない感じで、奥を覗き込むような仕草をしてみる。なにもいない、なにもいないんだよお嬢さん。 「さあ早く帰らなきゃ、ママが美味しいご飯を作って待ってるよ」 というよりビールが飲みたいんだが。じっと草の奥を見つめ続けて動く気配のない娘の腕を軽く引っ張ってみる。頼む素直に帰ってくれ。 「また聞こえた!やっぱりいるよ!ねぇパパ!こっち、こっち!」 マジかよ。逆に引っ張り返され、そのまま茂みへ突入しようとする。 「ストップ!だめだめ!ここは他人のお家の庭だから!勝手に入っちゃダメだよ」 この瞬間、娘がワガママモードに切り替わったのが分かった。 「い!や!だ!!み!る!の!」 目を釣り上げ、肩を怒らせて、地団駄を踏む。娘はこのモードをオモチャ売り場で発動させて、何度もオモチャを買ってきてもらった実績がある。 「だから、ダメなんだってば!」 一応言ってみる。 すると娘の顔がみるみるシワクチャになって、第二形態へと移行を始める。ギャン泣きモードだ。おいおい、マジで勘弁してくれ。 「ギャー!!ギャー!!ギャー!!!」 閑静な住宅街に響き渡る容赦ない泣き声。行き交う人達の刺すような視線。ここは一旦コチラ側が折れるしかないと思った。 「わかった!わかった!ちょっとだけだよ?ちょっとだけ見ていなかったら帰るよ?」 うつむいて泣きべそをかきながら小さくうなずき、了解の意を示す娘。 はあ、めんどくせぇなぁ。笑顔で付き合ってあげたいけどコッチだって疲れてんだよ。ああ、ビール。オレのビール!ちょっとだけ待ってててくれ。 周囲の人通りを確認し、いざ入ろうとすると、思った以上に草の密度が高いことに気付いて少し尻込みする。マジかよ、スーツが汚れるじゃねぇかと思っていると、キャーと笑いながら娘が入っていってしまった。 「ちょ、ちょっと待って!走ったら危ないよ!ゆっくり!」 なんであんなに早く進めるのか、オレは草を掻き分けながら娘の後ろ姿を確認するのが精一杯だ。うわっ!バッタだ!気持ちわりぃ、子供の頃は余裕で触れたのに今は見るのも無理になってしまった。下を見ると革靴に泥が付いているのが見えてしまう。さらにテンションが下がる。 「おぉ〜い、どうだぁ?いないだろ?ネコちゃんなんて」 力無くガサガサ進んでいくと、娘が何かを見てぼうっと突っ立っていた。 たしかにいた。猫だ。娘の耳は正しかった。全身が真っ白で、その愛らしい顔にも好感が持てた。その大きさが、おおよそ軽自動車ぐらいあることを除けば。
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