パンが食べたいだけで

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 お昼の12時から1時まではやはり混んだ。店主は焼いて、並べて、レジ打ち、袋に詰めるで店内をあっちこっち動き回り本当に忙しそう。まずはできることから。パンを並べるのと袋に入れるのを手伝う。 「うん、そうそう」  店主さんは優しい。  お母さんと買い物に来た子どもがカレーパンをトングでぎゅっと潰してしまって、対応に困った。私だったら新しいものに替えてあげるのに店主さんはそれを袋に入れた。お母さんも子どもも嬉しそうだった。私が間違っているんだな。  人の気持ちが読み取るのが下手なのかもしれない。マイナス思考だからすぐに悪いほうへ引っ張られる。  念願のカレーパンを御馳走になる。揚げたてだから油ぎとぎとだ。パンもカレーもまずます。  パンは太る。でもおいしいから仕方ないと堂々巡り。ずっと甘い匂いの中にいるから思考まで甘くなる。  夕方までは暇だった。  なぜパン屋にプリンがあるのかわかった。蒸しパンと一緒に蒸すのだ。 「食べます? 熱いけど」 「いただきます」  店主さんはあまり喋らない。パンを作らなくてはいけないから当然だ。唾とか、嫌だもの。 短髪なのに頭にはタオル。  常識のある人なのだろうと思っていた。プリンもおいしい。あったかいプリンは初めて。これはこれでおいしい。こっちのほうが甘みが強い。なぜ冷やす必要があるのだろう。保存のためか。  店の前を人が通るたびにどきっとする。店に入ってほしいような、素通りしてほしいような。 「暇なので一旦店を閉めます」  店主さんがボードをひっくり返して『CLOSED』にする。 「じゃあ、今日は帰ります。明日は何時に来ればいいですか?」  私は尋ねた。 「朝ならまた卵剥いてほしいし、夜なら余ったパンあげられるよ。本当は接客してくれると助かる」 「すいません」 「ううん。袋に入れてくれるだけでもすごい助かった」  お世辞にもかっこいいとは言えない顔に力を抜いて、優しい顔になる。パンを作っているときの顔とも違う。 「いえ、お役に立てなくて」 「あ、結婚しちゃう? いくつだっけ?」  唐突に彼が言う。 「27です」 「27歳と34歳。うん、ちょうどいい」  1人で納得をしてしまうこの人はどうやらまともではないらしい。 「名前すら知らないですよ」  私は言った。 「確かに」 「冨田さん?」 「イサです」 「結城です。結城まお」 「まおさん。まおちゃん? まおさんだな」  そこで、 「イサ、いる?」  と友達らしき人が来たので、私は退散。 「まおさん、また明日」 「はい」  変な人。真面目なのに非常識。
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