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帽子を目深にかぶって家まで急ぎ足。天気はいいのに今日も寒い。しかも空気が乾燥している。
うちの庭に心愛さんがいたから踵を返す。会いたくない。話すことがない。視界に入れたくない。恐らく、向こうも同じように思っているはず。死んでほしいと願われているかもしれない。
お腹もいっぱいだし、胸もいっぱい。結婚なんて冗談でも言葉にしてくれる人はいなかった。
最短距離で近くをひと回り。まだいる。犬のせいだ。今度は少し遠くまで。あの犬ももうおじいさんだから散歩に行けずに庭で遊ぶ程度にしているのだろうか。もう夕方。暗くなるのが早いからプレハブに戻りたいのに。
歩き慣れないからもう足が疲労を訴える。膝の裏、アキレス腱、ふくらはぎもぴきーん。
まだいる。殺意が湧く。あの人、嫌い。他人なのに、家族。私はまだそれを受け入れられていないのだ。心愛さんがいなければ、私はひきこもりにならなかったと思う。
人のせいにするなんてまだまだ子どもだ。
薄暗い庭で犬の腹を撫でている。塀を乗り越えれば出くわさずにすむけれど他者に通報される可能性が無きにしも非ず。
1時間も家の周辺をうろうろ。まるで不審者だ。そろそろ父が帰ってきてしまう。父親に出かけていたことも家に入れないこともバレるのはもっと嫌。
親の庇護のもとにいるのが安泰だって誰が決めるのだろう。役所の人はそう言って、私から生活保護の道を絶った。苦しいですよ。そう、殺してしまいそうなくらい。
家に戻れないからパン屋に戻った。
「お手伝いに来ました」
「夜は暇なんだよ。でも余ったパン食べてくれるならいいよ」
ここがあってよかった。昨日までだったら、心愛さんを殺していたと思う。うるさい犬も、たぶん腹を掻っ捌いていた。
無論、周囲は私に同情するだろう。私の居場所を奪って、小さなプレハブに押し込めた。無職ってだけで私のほうが世間から見たら悪者かな。心愛さんも無職だけどね。主婦という肩書があるだけましか。
私は違うのだ。パートさんだ。今日からここで働いている。
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