パンが食べたいだけで

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 食事を終えてイサさんが洗い物をしてくれる。 「手伝います」  私の申し出を、 「こっち寒いから大丈夫。お茶淹れて」  と返してくれる。 「はい」  お盆に急須と湯呑が置かれている。これがこの人の毎日なのだろう。 「あ、まおさんの湯呑は、これでいい? お正月にもらったやつだからきれいだよ」 「ありがとうございます」  私は潔癖症ではないらしい。人の家の食器が使えた。抵抗はあったけれど、お皿はイサさんと同じものだったし、お箸は割りばしだった。使い古されたスプーンだけがちょっと嫌だった。新しい湯呑はイサさんのものより倍以上でかい。  とくとくとくと半分ほど注ぐ。 「その湯呑どこかの店の新年の挨拶でもらったんだ」  思い出したようにイサさんが言った。 「それで七福神?」 「縁起がよさそ」  緑茶の緑ってこんなにきれいだったんだ。ペットボトル飲料が楽で、こうやってお茶を淹れることが大人になってからはなかった。プレハブで飲むティーバッグのものとも粉のものとも違う。 「おいしい」  あのとき、ちゃんとお茶を淹れて飲んでいたら嫌なことが流せたのかもしれない。そう思えるくらいすっきりする味だった。 「今日それ何回聞いただろう? これから何回聞けるんだろう?」  人生で初めてのキスは夕飯の直後で、きれいではない照明の下で、面白くないテレビの笑い声が反響する部屋でだった。  スピード感についてゆけない。他人の手がもう私のおっぱいに到達。 「処女で」  やんわり拒否したつもり。 「やだ?」  と聞きながら服の中に手を伸ばす。 「ううん」  なぜか私はそう答えていた。  腕を引かれて階段をのぼった。  ベッドの上で男の人に覆いかぶされている。服を脱がせるの速いなぁ。あ、本当に舐めた。
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