パンが食べたいだけで

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 イサさんが白ワインを追加する。 「結婚、するんですか?」  私は聞いた。 「そのつもりだけど、まおさんが決めていいよ。嫌?」  と顔を覗き込まれても困る。 「決めるのは苦手です。普通はどうやって決めるんでしょうね?」 「ごはんの食べ方って言わない? 一生のことだもん」 「ああ。麺とか?」  イサさんがメニューを指さした。 「ラーメンあるよ。頼もう」  ランプも追加。 「ランプはわかります。お尻ですよね」  なぜそこで顔を赤らめるのだろう。お酒のせいかな。赤ワインまで飲んで上機嫌。  隣りの席のカップルのようにテーブルに置いた手をつなぐことはできないけれど、同じものを食べて笑い合う。麺の食べ方も気にならない。咀嚼の仕方もすすり方も大丈夫。 「ラーメン、ほんのりゆずの味するね」 「はい」  私も思っていた。  パン屋さんでも味覚は重要なのかな。真剣に味わって食べている。  混雑してきて、外に並ぶ寒そうな人たちもいたので食べ終えたら席を立った。そういう人を見つけてしまう人もいるし、わざと見ないふりをする人もいる。 「ありがとうございます。またいらしてください」  ハキハキと話す女性が会計をしてくれた。真冬なのに半袖Tシャツ。  私たちが外へ出てから客を招き入れる。 「こんばんは。寒いですね。どうぞ」  あんなふうにはなれないだろう。 「ごちそうさまです」  私は言った。そこそこの値段に驚いてしまった。やっぱりおいしいものは高いのだ。矛盾していない。  イサさんが手をつないできた。 「他の店で飲み直す?」 「いや。お酒飲んだの久しぶりだからもう酔っぱらいです」  顔が熱いのはお酒のせいと、ぎゅっとあなたに握られた右手のせい。 「じゃあ帰ろうか?」 「はい」  ああ、同じところに帰るんだなとぼんやり思った。でもまだ騙されているのかもしれないとどこかで危機感はある。しかし、私を騙したところで得なんかないだろう。吸血鬼だったら処女のうちに血を吸っているはず。
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