鬱憤

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鬱憤

「……ねぇ、アル?女医がいないって、どういうこと?」 「じょい……?じょ……女性、の医者……?いや、しかし医学のような難しい学問を、女性の頭で理解するのは……」 「はぁっ?!」 寝ぼけていた思考が少しずつクリアになり、シーナはさっきまで自分に向かっていたセクハラ気味の呼びかけに対する怒りも蘇って、つい食い気味に返してしまった。 「アルってば『女は男よりも知能が劣る』って言いたいの?!」 「い、いや……そ、そんなつも」 「じゃあアルはお母様より正しく庭にある薬草の効能を知っているの?」 「えっ……い、いやっ……俺は、その…薬学の方は……」 「薬学だけじゃないわ!男性と女性の身体に起こるそれぞれの二次成長期における特徴は?月経の周期は?精通に関する正しい知識は?妊娠時における妊婦に与えてはいけない物は?更年期障害って知ってる?!」 「えっ?えぇっ?!そ、そんなこと、医者でもわからないんじゃ……」 「今言ったこと、アタシは全部知ってるわ!そういう教育を受けてきたし、興味もあったから自分でも調べたし!それに凛音もアタシも、通っていた学校の先生は半分は女の先生よ?!」 「は……?先生……とは?え?女……?学校…というのは、この『学園』と同じような……?」 「そうよ、学び舎よ!そう言えばこの学園では男女同室で受ける授業では、男子教師しかいないわね。何故?」 「何故……って……そ、そもそも女性教師どころか、令嬢が各家庭内ではなく学園に通うようになった歴史も浅くて……その、教える者がいないというか……」 「何ですってぇ?!」 確かにこの世界はシーナが──詩音が知っているゲームや小説とほぼ同じである。 しかし違うのはゲームはプログラムが完成した時から、小説は作者がその物語の始まりのひと文字目から出来上がっていったのに対し、『物語』として切り取られた部分以前からずっと続いているということだ。 つまり『歴史』がある。 それなのに時代的には、おそらく前世での日本よりずっと中世よりももう少し文化が遅れ、男女差別や性的隔絶は知識としてあるものよりも根深く厚い壁として立ち塞がっている。 だからこそ女性の付ける職業は限られ、しかもその地位は低い。 むろん『高級』と言われる家庭教師や女主人付きの侍女というものもあるが、それでも『働かざるを得ない女性』は、自身の価値を自他ともに低く見ているのだ。 「この世界の…いいえ、この国では女性の可能性に対して無関心すぎる。医者だけじゃないわ。だいたい家の料理と店で出す料理のどちらも『料理』なのに、家の料理ができる女性に対して、『店の料理が作れない』ってどんだけバカにしてるの?!」 「あっ…ああ……」 「そんなのを上げたらキリがない。女をただ『見て飾るだけの置物』扱いなんて不当よ!」 「ウッ……」 だがこんなふうにアルベールをやりこめたところで、状況が変わるわけでもない。 転生してこの学園に通うようになってから出会う人間も、今の自分の容姿もすべてゲームの中とほぼ同じで、何故だかゲーム補正としか思えないような都合の良いイケメンパラダイスではあるが──逆に言ってしまえば、モブ令嬢たちも含めて少女以外は学園内にいる女性はほぼいないというのが事実だ。 「……女性に、というよりも……本当にヒロインだけにとって、都合の良い世界……なのね……」 ゲームの中でも小説の中でもヒロインはちやほやされて苦労知らずに囲われ、悪役令嬢その他はどんどん存在が無視されていくが、その物語すら語り尽くされれば等しく『単なる飾り物』と化す。 「……決めたわ」 「え?」 「決めたっ!!リオンにもねじ込むわっ!ちょっとこの世界の……は無理かもしれないけど、少なくともこの国の女性の地位向上に貢献するようにする!!ルエナ様を『ホホホ』と笑うだけの人形になんてさせないわっ!!」 例えこのままふたりの成婚が無事叶ったとしても、ルエナ嬢は公式の場以外では姿を見せることはなく、単なる『次代製造機』という不名誉な役割しか与えられないかもしれない。 それはこの国の──ひょっとしたらこの世界の女性の多くが直面している問題かもしれなかった。
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