縁故

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縁故

しかし当面の間、学園内の医局を預かる者としてはやはり男性しかおらず、貴族子女が集うこの場所に身分を問わずに配属してもらうことは難しい。 だいたい教師だろうが学園内の事務仕事だろうが、関係者はほぼ縁故という形で雇われている。 たとえ清掃や調理場などで働くのだとしても平民とは違う学問内容や社交界で通用するためのマナーや技術を会得している貴族子女たちの手本とならねばならず、スキルレベルはそれこそ上位貴族の屋敷で働けるぐらいを要求されるのだ。 過剰なほど至れり尽くせりの学園生活であるが、それを経験できる所属期間に後継者たる者たちは使用人たちに対する態度を学び、逆に使われる側にしかなり得ない者たちはどうすればより良い待遇を得られる技術を身につければよいかの見本と接することになる。 特に王都内に屋敷を持っていなかったり、あったとしてもひとりの家令とひとりの家事使用人もしくはその両方を兼ねるぐらいの使用人しか雇えないような家格の貴族子女に対しては学生寮の入寮が認められ、そこで侍女や侍従としての訓練を兼ねることもあった。 「……これは本来認められてはいないのだが、侯・伯爵家で将来的に何らかの爵位を継いだり、もしくは嫁ぐことが決まっている者も入寮し、家格が低く侍女志望の令嬢や侍従として勤め先を探している令息を雇用している者もいるんだ」 「え……そ、それって、生徒同士ですでに主従関係が決まっちゃってるってこと?」 「ああ」 シーナがゾッと顔を青褪めさせると、アルベールも渋い顔をして頷いた。 一応は『平等と自由』を謳う貴族学園ではあるが、れっきとした身分差があり、さらに爵位を継げるか継げないかで働ける環境すらも変わってくる。 だからこそ自分で自分を養わねばならぬ爵位無しが決まっている令息令嬢は、学園卒業後に高位貴族家の執事見習いや令嬢付き侍女として『雇って損はありません』とばかりに自分を売り込んでいくのだそうだ。 「だからといって、必ずしも上級使用人になれるわけではないのだがな……」 過去に学園での主従関係がそのまま大人になってもスライドして、そこからさらに出世したといったことも無くはない。 無くはないが──確実ではないのだ。 しかし人はどうしても『シンデレラストーリー』と言われる出世お伽噺に憧れ、学園在籍中にその縁を繋ごうとするのである。 「確実じゃないって………あ……」 そう──なのだ。 学園の中で働ける者が縁故ならば、貴族家に勤める上級使用人たちもまた縁故の場合が多い。 「何と言っても信用と信頼が必要だ。家庭教師のように限られた期限だけ家族と接する者は、縁は縁でも渡り鳥のように『紹介』だけで来ては去っていくが、半生をひとつの貴族家で終わらせるような者は、次代もまた血縁者であることが望ましい」 「そう……だよね……」 前世での近代歴史では『職合斡旋所』からメイドや料理人が紹介されたかもしれないが、この国では、この世界ではまだそこまで制度が整っていない。 身元も明らかではない人間を懐に入れ、秘密や機密を握られた上でぽっといなくなって、敵対する貴族に高値で売られて没落することは避けねばならないのだ。 例えば王太子婚約者の公爵令嬢が薬物中毒で、身分が上の者には媚びへつらうが目下の者には誰彼なく攻撃的だとか頭と同じように下半身も緩いだとか── 「少しでも悪評で瑕疵が付けば、引きずり降ろすことだって可能……ってわけ」 「特に王家が絡めば、嫁ぐまでは清廉さが、嫁いですらも清廉さが求められる」 お飾り人形は身ぐるみ剥がされても、真っ白でいなければならない──
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