伝言

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だが王家とはまったく無縁の、一応貴族と言えば言えるほどの貧乏子爵の姪であり養女であるシーナだけが頭を悩ませていても、問題はまったく解決しない。 むしろここで『加害者』であるディーファン公爵令嬢ルエナ・リルが自分の足で表に出、自分こそが『被害者』であると── 「……言わなきゃ、ダメかしら?」 「言う?誰が?何をだ?」 シーナがわずかに頭を傾げると、アルベールがその呟きを拾う。 「ん~?……考えてみたら、確かにアタシ自身はいろいろと嫌がらせを受けていたけど、それってルエナ様の命令では絶対ないはず…なのよね」 「ああ、俺もそうは思う……が、俺がそう言ったとしても『自分の妹だから庇っている』としか思われないだろう」 「そうなのよ!こういう時は身分に関わらず『身内』って不便なのよねぇ……」 犯罪者を庇う心理は肉親の情から──ではないのに、たとえ真実を述べても曲解されるのは世の常なのだろう。 実際にルエナ嬢はシーナに対して一度たりとも手を上げたリ、持ち物を破損したことはない。 直接顔を合わせて文句を言うことすら嫌って、自分の侍女に言伝を持たせて寄こしたぐらいである。 その侍女が本来の伝言を数十倍の悪意で膨らませたことで、現在は転生王太子であるリオンともどもうんざりしたことはあれど、『お前のような下賤の者が王太子殿下の清らかな手に支えられることは悍ましく、破廉恥極まりない!身分を弁え、すべての令嬢の最後方で学園の低位貴族令息の目に留まるように控えよ!未来の王太子妃の慈悲により、お前の首を胴体から分かれさせないのだから感謝せよ!』と、伝える本人が心底嬉しそうに歪み切った笑顔を浮かべていた時は、思わずのその顔をまじまじと見つめてしまったほどだ。 ルエナ嬢を騙った謂れのない罵詈雑言を、自分では責任を伴わないと思って告げるその侍女(サラ)に対し、リオンはにっこりと笑ってその場で返事を伝えるようにと言葉を託した。 「……面白い伝言をありがとう。では僕からも伝言をお願いしようかな……『同じ言葉を聞きたいので、次の王妃教育の時に私のお茶の時間に応接室に来るように。今伝えられた言葉は一言一句間違えずに覚えたので、ぜひあなたの美しい唇からもう一度お聞きしたい』と。伝えられるよね?」 「え……」 戸惑う侍女に向かい、彼女の声真似まで付け加えてリオンは宣言通り『ルエナ嬢からの伝言』を一言一句そのままに諳んじてみせた。 「君はとても記憶力がいいらしい。私がさっき言ったことも間違えず、必ずルエナ嬢へと伝えてくれるよね?」 「ヒッ……ゥ……」 青褪めて言葉に詰まった侍女をルエナ嬢の元に返したリオンが後日語ってくれたが、結局その侍女が持ってきた伝言と一言一句同じ言葉はルエナ嬢の唇からは零れず、わずかに攻撃的な口調でこう言われたとシーナは聞かせてもらった。 「……目に余る行為をお止めなさいと忠告いたしましたが。子爵家の者が、王宮でのお勤めもないのにご登城されていらっしゃるのかしら?いずれにしろ、わたくしが直接申し上げることではございませんし、王太子殿下に対して申し上げる言葉でもございません。あまりに軽率な振る舞いをなさる令嬢をお側に侍らすのもいかがなものでしょうか?」
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