書神

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書神

歩く図書館──そんな人物が、ゲームの中に登場しただろうか? 『ある幸運な令嬢の話を、聞きたくはないかね?』 『これはこの世のすべての書物を見、すべての話を聞き、すべてを纏め、『書神』と呼ばれた私が集めた中でも、とっておきの恋物語──』 「ああ!プロローグ!!」 「ぷろ……?」 シーナが撃たれたように叫ぶと、聞いたことのない単語にイストフやクールファニー男爵令息兄弟がキョトンと見上げた。 そう──そう、だった。 あの『フォーチュン・ワールド~運命の人を探して~』のゲーム版の冒頭部分、チュートリアルに入る前、キャラクター設定を始める前の本当にプロローグ部分。 そして物語をすべてクリアすると現れるはずの『謎のシルエット人物』である『書神』なるキャラクター。 ゲーム自体はアプリ配信だったためエンディングというのはあってないようなもので、『これでこの者との恋物語は終わる──が、次の話を聞きたくはないかね?』という十秒弱のモノローグですぐ次の攻略対象の選択ルートに流れてしまうため、そのシルエット自体現れることはなかったのだ。 そして更新に次ぐ更新、追加されるサブストーリー、ガチャ要素、オシャレバトルにデイリーイベント、シーズンイベント、何はなくてもイベントイベントイベント…… シルエットの語り手はとうとう小説でもコミカライズでもシルエットのままで、声優に男性が当てられていたことから『性別:たぶん男性』ぐらいのふわっとした設定だった。 「その割にはほとんど『この世界の書物』に関する知識披露はなかったのよね……」 「ということは、やはり彼もまた『げーむ』のキャラクターではあるんだな?」 「うん……たぶん……名前も姿も出てこなかったし、声に関してもほんの少ししか出てこなかったから、記憶の隅っこに残っていたのが奇跡なくらい」 たぶん某投稿型ネット辞書にアクセスすれば、あのほぼプロローグとエピローグのみのナレーション的声優の名前を知ることはできたのかもしれないが、二次制作にハマってしまった詩音はそちらにはまったく興味がなかった。 「それにその人物は少年じゃなくて老人みたいな……たぶん、彼の老成した後のキャラクターなんだと思う」 声を当てていたのはたぶんそんなお爺さんではないだろうが、激売り出し中の若手声優という感じでもなかったはずだ。 モブ専門──と言っては失礼だろうが、たぶん主役とかハマり役がないまま業界にいる人だったのかもしれない。 何といってもここは虚構の世界ではなく、前世とは違う現実にある世界。 すべての登場人物がシナリオ通りに動くAIキャラクターではないのだ。 だが何故かアルベールがリオンに会わせたいと思ったらしく、ガクブルで全身拒否するリオネルを逃がさないようにとイストフに頼み、全員で医局室を後にした。
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