普通

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むろんシーナが目いっぱいリオンを押し倒そうとしたところで、性差だけでなく、王太子として前世よりもはるかに体を鍛えるレベルが違いすぎる今では、頭のツボをキメられようとそうそう力負けはしない。 そうはいっても言い訳もなしでルエナ嬢にくっつけるこの機会を逃したくはない──が、とりあえずアルベールの視線が厳しめになっていくのを視界の隅に留め、腹筋を使ってゆっくりと小柄な少女の身体を押し返していく。 「クッ……リ、リオ…のくせっ…にっ…なま、いっ…きなっ……」 「フハハハハハッ!!俺様に敵うわけはなかろう!勝利の女神は我が手の中に!!」 「ひゃぁっ……」 おおよそ『憧れの王子様』というには程遠い高笑いを放ち、さりげなくルエナ嬢の背中に腕を回して引き寄せた。 そんなことをされるとはまったく思っていなかったルエナ嬢が小さく可愛らしい悲鳴を上げるのを聞きつけて、にこりと笑いかける。 「姫…私はあなたの盾、あなたの剣、どのような困難が降りかかろうとも、髪の毛一本も損なわぬようお守りいたしましょう!」 「ひ、姫……」 お世辞であろうとルエナ嬢に向かってこのような甘いセリフを吐くような男はいた(ためし)がなかったためか、ルエナ嬢の顔は赤らんで身動きも取れずにいる。 「まったくもう……どこで覚えたのよ、そんなセリフ」 「あ?なんかのアニメ?」 「はぁ……そんなの、見た覚えもないわよ」 「……殿下……」 尊敬されるべき『王太子殿下』という立派な人物像は粉々に砕かれ、歳相応かそれよりもやや下方修正された『普通の青少年』の姿がそこにはあり、正体を知っているシーナやアルベール以外の皆は呆然とその姿を見ていた。 王族であるリオン・シュタイン・ダンガフ王太子殿下と公爵家次期当主アルベール・ラダ・ディーファン令息ならばともかく、身分差でいえばオイン子爵令嬢のシーナ・ティア・オインはリオンやアルベールと親しくできる女性ではなく、学園中に周知されているが本来は貴族ですらない。 それなのにアルベールよりも親しげに、婚約者であるルエナ・リル・ディーファン公爵令嬢よりも近い距離でふたりはぎゃあぎゃあと騒がしくしているが、取り澄ましたやり取りしか見たことのないイストフでも不思議に思うほど、その間に恋愛の雰囲気は一切ない。 「あいつと恋仲なんて、あり得ない」 今までは王太子殿下の学園内側近として少し後ろに下がった位置にいたために見間違えたのかと思っていたが、今日いきなり立場が変わったからこそ改めて尋ねた『ひょっとしてシーナ嬢はリオン王太子に対して恋慕の情を抱いていないのでは?』というイストフの疑問に、シーナはあっさりと肯定の言葉を返した。 むしろシーナがリオン殿下に抱きすくめられるルエナ嬢を見る目付きの方がうっとりと潤み、いつの間にかアルベールが差し出した何か紙を巻いた木炭を持って、これまたいつの間にか手元に寄せられたスケッチブックを開いてすごい勢いで腕を動かしていく。 手元を見るよりもふたりの姿を見る方に注力しているのに、紙の上には活き活きとしたふたりの姿が──困惑し恥じらう女性と、少しでも身体を離して適切な距離を置こうとする令嬢を強引に引き寄せながらも嬉しげな表情を隠そうともしない青年が生き生きと描かれていくのを、イストフだけでなく、クールファニー男爵令息兄弟も驚愕の目で眺めていた。
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