差別

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差別

だがそんな子供の意志を強固に優先できるものだろうかと、イストフの疑問は消えない。 嫡男であるアルベールとはまた違う次元で、たったひとりのディーファン公爵家の令嬢であるルエナが両親に大切にされるのは、貴族の『財産』として当たり前だ。 それは自分の横に座るイェン伯爵家の幼い令嬢エルネスティーヌ・フェリース──エリーとて同じ。 王都のディーファン公爵家に預けられる今は一応侍女見習いとしているため服装は年相応ながら動きやすくシンプルなものだが、領地ではイストフより五歳年上の兄であるテフラヌ・ビュラー・エビフェールクスの婚約者という立場からか、父親が必要以上に着飾らせた上で籠の鳥の如く、呼び出しがあればいつでも娘を差し出せるようにと自室に閉じ込めていた。 それが普通。 それが当たり前。 身分や財産の隔たりはあれど、貴賤問わず全国民の共通の認識である。 ひょっとしたらこの世界にあるすべての国が、似たり寄ったりの常識なのかもしれない。 だが── 「アホらしい。男女は平等だ。性差はあれど、親は子供を差別するべきではないし、ましてやアクセサリーや所有物でも『財産』なんて人格すら否定するような『モノ扱い』をされるべきではない。美醜で価値は決まらないし、女だからって男にされるがままになる必要もない」 「で、殿下?」 すっかり眠り込んでしまった婚約者の頬を愛おしそうに撫でながら、この国でいずれは国民全員の生殺与奪の権利を手にするリオン王太子が事も無げに発言すると、イストフは今耳にした言葉が信じられないと驚愕の表情で目を剥く。 「もちろん成人すればそれぞれやらなければならない義務が生じたり、生物的にできることとできないことはあるけど……少なくとも意味不明な優劣思想の植え付けや性差別、それと教育の差は、子供のうちはやらないつもりだよ、俺」 「殿下。『私』です」 「『私』?『ボク』でもいいんじゃない」 「っさいな!」 砕けていた口調をアルベールが公用に訂正したが、シーナは笑いながらすかさず揶揄った。 その気安い態度、口調にはさすがのイストフも驚く。 王族と子爵──たとえ幼なじみだとしても、七歳八歳ぐらいには男女区別されて、親しく付き合うことなどない。 その間に臣下としての礼儀が叩き込まれ、一線どころか、その視界に自分の顔が入らないように頭を下げるべしと躾けられるはずだ。 何故かシーナに惑わされるというか、自ら虜になっていた時には気がつかなかったが、彼女の態度は貴族としてあり得ない。 公爵子息のアルベールもシーナのそんな態度を受け入れていることから、彼より立場的に下であるイストフが窘めるということはしてはいけないわけではないが、何故かモヤッとしたものが胸につかえた。
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