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真相
思えば何故かシーナは、学園内で王太子殿下のそばにあった頃から、とても砕けた口調と態度だった。
伯爵ではなく侯爵家──辺境を治める貴族たちの中でも筆頭という意味合いも込めて何代か前にエビフェールクス家は陞爵されたと父は自慢げに話していたが、確かにイストフの実家は権力も実力もある。
そのせいか無礼にも公爵家以上でなければ王都にいても招待を断ってもいいと思っており、絶対的に断れない王家や公爵家が主催する夜会にしか顔を出していない。
だから『幻の辺境侯爵』が現れたと聞けば、王族への挨拶もそこそこに縁繋ぎをしようと押しかける貴族家がおべっかを使う。
まあだいたいは父か兄へ群がるのだが、次男であるイストフもそれなりに注目を浴びており、やはり媚びを売る者──主に次女以下の自力で婚約者を得なければ先のない令嬢が多かった──がやたらと声を掛けてきた。
そんな者たちと一線を画していたのが、オイン子爵家養女となったシーナである。
庶民のような気易さは含みを持って近付いてくる貴族令嬢にはない心地良さで、イストフだけでなく、学園一の乱暴者と陰で言われていたディディエ・ファーケン・ムスタフ、小賢しいすり寄り方をするベレフォン・ジュスト・ダンビューラとルイフェン・クウェンティ・ダンビューラの兄弟、そして何を考えているのかよくわからない陰気なジェラウス・クーラン・クリシュアまで、何とかシーナと距離を縮めようとしていた。
今はまるで呪文が溶けたかのようにシーナに対する恋情──いや、劣情はまったくなくなってしまったが、ここにいない元学園内側近の彼らもそうなのだろうか。
ふとイストフは胸の中に燻ぶったものを吐き出すかのように空を見上げてから、視線を元に戻した。
今回のことで初めてイストフが知ったことのいくつかのうち、現オイン子爵の弟と今代国王陛下が学友だったというのは、実は貴族の中でもあまり公にはなっていなかった。
というよりも子爵令息──しかも次男という地位などまるでない男など、他の高位貴族の跡取りたちにとっては眼中にもなく、存在すら認識されていなかったと言っても過言ではないだろう。
だがその『目にも留められていなかった』薄い関係は思ったよりも長く続き、彼が『画家になる』という夢を持って出奔した際も秘かに居場所を掴んでいたのだと、王太子殿下が教えてくれた。
その腕は確かな物で『家名を持たない画家』としては異例ながら王宮に上がることが許され、現国王が未だ王太子だった頃からその肖像画を描くことを許可されていたということを、イストフは先日知ったばかりである。
しかもその者は必ず幼い息子を連れてきており──珍しいピンクブロンドの美しい少女であることを隠すために短髪にして、父の手によって木炭で薄汚く汚していたシーナはそうやってリオン王太子や公爵家嫡男のアルベールと成長していったのだ。
「……そうだと、あの時話してくだされば」
「そう言えば言ったで、シーナを『王太子の大事な幼馴染み』だとして、やはりルエナが身勝手な嫉妬心から他の者を唆していたと誤解……いや、決めつけていただろう」
「そ、そんなことは……」
言い切れない。
グッと唇を噛み、イストフは申し訳なさそうに顔を伏せる。
シーナは言っていた──「ルエナ様はこんなことをしたり、命令したりする方じゃないわ」と。
むしろルエナ・リル・ディーファンという少女は公爵令嬢という矜持を小さな身体の中に漲らせ、そのまま成長して婚約者からも自分の兄からも、そしていつの間にか現れて彼らと仲良くなった低位貴族の少女とも距離を取り続けていたのだ。
まったく関わりのないイストフたち学園内側近はそんなこととは知らず、妄信的にシーナに降りかかる大小の嫌がらせを姿の見えないディーファン公爵令嬢が率先して行っていると思っていた。
思わされていた──おそらくは『ゲーム修正力』によって。
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