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クス…
クスクスクスクスクス………
『ねぇ?今日もいらっしゃってるわ』
『本当……さすが庶民出の方は、ずいぶんとお強いのね』
『まだディーファン公爵家にご厄介になっているんでしょう?侍女でもない、食客だなんて……身分が違いすぎるのにも気付かないなんて……』
『ご自分が相手にされているとでも勘違いなさっているのではなくて?きっと身分の低い女が珍しいのでしょう』
『あらやだ。「おんな」なんて、下品ですわよ?せめて令嬢と……ああ、でも、もともと令嬢ではなかったのでしたっけ……?』
クスクスクスクスクス………
ルエナは何日かに一度、ディーファン公爵家の馬車に乗って登園する。
もちろんシーナも共に乗せてもらうのだが、それ以外ではアルベールが個人で所有している馬車に乗せてもらっていた。
さすがにディーファン公爵家嫡男の紋章が入っている馬車に同乗しているというのがバレるといろいろややこしいので、学園の裏手──隣接する林緑地公園に差し掛かるところで降ろしてもらっている。
「……やはり安全のために、学園内の馬車寄せまで……」
「婚約者でも恋人でもないのに、あたしがアルの馬車で現れたら大騒ぎになるってぇ~!」
「いや……そ、それはいいというか、その……」
「よくないって!」
公爵家嫡男と、子爵家養女。
成人後で正妻を亡くし、まあいい歳をして老後の楽しみに後妻として娶られることがないとは言えない家格の差だが、さすがに今のふたりでは叶うわけもない。
それを知っていて、やはり人は理性ではなく感情的に、衝動的に落ちる者なのかもしれない──恋に。
何度も馬車の中で繰り返される会話を思い返しながら、シーナは聞こえるか聞こえないぐらいかの『淑女の会話』を交わす少女たちをやり過ごす。
いつまでたってもこの状況に慣れないというか、環境に慣れないというか、「子供っぽすぎて笑える」と思ってしまうのは、前世の記憶が今もまだ鮮明だからか。
人によっては『自分には前世の記憶がある』とわかっていても基本情報はさっぱり残っていないとか、いつどうやって死んだかは曖昧だったりするらしいが、残念ながらシーナには死因もその原因もその頃の幸せだった記憶も、名前を呼びたい人も呼びたくない人も薄くはなっていても完全に忘れることができない。
意識はフェードアウトしたが、あの時が最後の記憶だから当然死亡したのもその時だ。
ただ──自分が死んだのが先か、凛音が死んだのが先か。
そこは意識が混濁していたし、目の前でお互いの命が消えるのを、お互い動けずに見るしかなかった。
(この人たちにはそんな記憶なんて絶対ないんだろうな……それだけは、羨ましい)
シーナが王太子に転生したリオンに再会せず、前世の記憶はあっても才能がなくて結局今世の母親や祖母のように身を売るしか生きる術がなかったとしたら、きっと彼女らを、男たちを、貴族たちを憎んで死んでいったに違いないだろう。
いやどんな形にしろ『初体験』をした時点で、きっと自死を選んだに違いない──「次は転生なんてしませんように」と願いながら。
そう考えれば『前世の記憶』なんて持っていないというだけで、自分に関わらないように身を避けつつ、嘲ることを止めない貴族令嬢という者を嫌悪してもいいと思うのだが。
やはり精神年齢的には彼女らよりも成熟し、言ってはなんだが科学や文化が先進していた時代に生きていた詩音としては『意識的にスルーする』という精神操作を自分で行っているから、まあたいして腹も立たないのだ。
「それはそうとして……やっぱり何かしら手を打った方がいいのかしら?」
ブツブツと呟きながら歩くシーナには声をかけることなく複数の視線が投げられているが、やはりそれを感じながらもシーナは何も咎めることなくスルーした。
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