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隙間
そうしてシーナがルエナと行動を共にすれば、当然ながらリオンの隣に隙ができる。
であれば…と『鬼の居ぬ間に何とやら』を狙わない令嬢は少なくなく、右を向いてルエナとシーナの陰口を言い、左を向いて王太子に愛想どころか一夜を共にしても構わないと匂わせた媚びで擦り寄ろうとしていた。
その行動の行きつく先はもちろん「責任とってね」と婚約者交代の意味であり、残念ながらシオンにはまったく効き目のない作戦だったが、どうして誰も彼もこぞって似たような口説き文句で自分の手を取ってもらえると思うのか、前世の記憶持ちとしては不思議でならない。
「……これもある意味ゲーム補正…か?」
「殿下?」
もはや学園内側近の中でも筆頭となってしまったイストフが主人の呟きを拾い上げて聞き返したが、リオンは何でもないと頭を振るだけで、その呟きの意味を説明しない。
ただ──
「……いいかげん、私がルエナ嬢以外の女性に対して気持ちが向かないということを、言われずとも察してもいいのではないかと思うのだ。何故皆同じ文言で、私の気が引けると思うのか……」
「はぁ……まあ……そう、ですね……」
イストフはまったく気にしていなかったが、確かに近寄ってくる令嬢の誰もが、似たり寄ったりの誘い文句で王太子の気を引こうとする。
それはある意味不思議ではない。
何せ彼女らの閨指南といえば判で押したように同じことしか教えられず、本来ならば貴族令嬢が高位貴族の男性に声を掛けるということ自体がはしたないこととされているのだ。
つまりは口説き文句も同じことを言うしかない。
その規範から外れるというのは、おおよそ『貴族らしくない』と批判されるとともに輪からも外され、行きつく先は『行かず後家』である。
そうなれば老齢ながら性欲の衰えない父親よりも年上の男に嫁がされるか、そもそも夫婦の営みを知らずに修道院で一生を終えるしかない。
爵位を継ぐことなく実家で飼い殺しされるか、自分の生家の身分に関わらずどこかの貴族家で上級使用人となるという道もあるが、もしそれが自分より低位の貴族家で、さらに自分より身分が低かったのに『○○爵位家夫人』と呼ばれる同窓生に傅くかもしれないのだ。
実力でのし上がることもざらな男ならばそんな未来もあるだろうという諦めも、逆に「もっと上に行ってやる」と燃え上がりもするが、結婚以外で自分の立ち位置を変えようのない令嬢たちでは見下していた相手に膝を折るというのは恐怖でしかないだろう。
だからと言って望みのない令嬢たちに声を掛けて、自分に振り向いてもらう気などサラサラない。
むしろそれで「じゃあ貴方でいいわ」なんて言われて婚前交渉を持つだなんて──本当に自分が望んでいたイエン伯爵令嬢エルネスティーヌ・フェリースとの婚約が叶ったのだ。
一時の気の迷いでシーナに惹かれてはいたが、今度こそ間違えられない。
「イストフもだが、お前たちふたりも決して甘言に惑わされて、一時の快楽に身を任せようなどと思うなよ?」
「はい!」
「もちろんです。ぼっ、僕にはちゃんと心に決めた人が……」
イストフはもちろん、控えめに後ろにいたクールファニー男爵家の兄弟、リオネルとリュシアンがそれぞれリオンの言葉に頷いた。
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