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記憶
違和感──ゲーム内ではルエナの兄であるアルベールは出てこず、王宮での仕事などももちろん表現されない。
いや、リオンの苦労というか懊悩の一部として「王太子としての期待が重い」だとか「人の上に立つ者として、何でも一番であらねばという気合が入りすぎて辛い」だとかのたまうそのキャラクターに対して、「おいお前何言ってんだ人の上に立つとか偉そうなこと言ってんなよ未熟者てめぇひとりで何でもかんでも解決すると思うな甘やかされまくり人生の俺嫁のルエナ様を蔑ろにしてこの野郎」と、ゲーム内で流れるその呟きに反応してやったものだが。
「……そう言えば、断罪といっても婚約破棄して会場から追放して……その後って、確かゲームでは……」
王太子妃として日々積み重ねてきた努力を無にされ、貴族社会からも追放されるも同然のことをしておいて、ルエナ嬢のその後など誰も知らない──のなら、普通のゲームだが。
「確か続編ではルエナに子供が出来て……その令嬢がまたバトるんだっけ」
バトる、とはいっても本当に殴り合いをするわけではなく、単純に伯爵家へ嫁いだルエナが生んだ娘と、リオンとシーナの間に生まれた王女が、隣国から留学してきた王子やその側近、そしてその他の有能な学生たちとの恋愛ゲームを繰り返すというだけだ。
まあそれが定番であり、セオリーであり、王道というもの。
とはいえ──
「ルエナの……娘……お、俺以外のっ……」
リオンがまだ凛音だった頃、ガチで続編ゲームの内容に凹んだ。
推しが知らないうちに知らない男(モブとしても出てすら来なかった)と結婚させられ、しかも夫婦の行為を行い、子供まで設けた挙句、その旦那には顧みられることなく子供にその不満をぶつけつつ、果たせなかった「王子妃になれ」というプレッシャーを与える──しかも第2の悪役令嬢として登場する娘の後ろでふんぞり返る頬のこけた老女が、かつての婚約者だった。
「そんな不幸があるか?!ないだろう!たとえ落ちぶれ、格下の相手に嫁ぐような羽目になったとしても……あの絵はない!ルエナは歳を取ったって美しいんだぁぁぁぁ───っ!
「で…殿下……あの、それは、その……殿下とシーナの『前世』という記憶の中の、さらに作り物の話だと、確か仰っていましたよね……?」
「それはそうなんだがっ……」
絶叫し、ダンダンッと強く机を拳で叩き、何故か本気で悔しがっているリオンについていけず、アルベールは困惑の表情を浮かべるしかない。
ほとんど薬物の影響から抜けたルエナは、ディーファン公爵家の裏に広がる庭に出るためのサンルームで、香りのよいハーブティーをひと口含んでその香りを吸い込むと、自分の体内が浄化されていくのを感じた。
いつも思考力が鈍り、気怠く、他人に関わりたくないという気持ちだけ強固であったあの頃──
ボンヤリと「ディーファン公爵家の娘であるルエナ以外は王太子にふさわしくない…他家の令嬢など皆敵なのだから徹底的に排除しなければ…味方は※※※だけ……」と囁かれたのだけは覚えている。
問題はその『※※※』というのが一体誰のことだったのか──
それが本当に思い出せず、そのことについて話せないのがもどかしい。
シーナは今ルエナとは少し離れて床に座り、しっかりと足がつく高さの椅子に座っているエリー嬢──エルネスティーヌ・フェリース・イェンにデッサンの指南をしている。
少なくともあの囁きをしていた女家庭教師や侍女が言っていたのは、シーナのことでもエリーのことでもないのはわかっている。
だからこそ、彼女たち2人を信用していると言っても過言ではない。
「本当に……良かったわ……」
「どうかしました?」
ほぅ…という溜め息は今のこの状況に対する安堵のものだったが、シーナは何か憂えていると思ったのか、心配そうな表情を浮かべて顔をこちらに向けた。
つられてエリーも見るべき花瓶の花から視線を逸らし、何だか泣きそうな顔でシーナと自分を交互に見る。
そんな優しい感情を感じて──感じ取れて、本当に自分が『普通』に戻れた気がして、ルエナは「何でもないわ」と言いながら少しだけ目尻に涙を滲ませた。
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