老人

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意外なことに王族とその側付き、そしてリオンを採寸するための衣装係しかいないと思った父の私室には、いないはずの貴族が1人澄ました顔で茶を飲んでいる。 「……ティアム公爵」 「これはこれは……リオン王太子殿下。久しくお会いできておりませんでしたが、ご健勝でいらっしゃいますようで何よりでございます」 皺だらけの顔に人の良さそうな笑みを浮かべているのは、ティアム公爵家当主のライオネン・エンヴ卿だった。 父より年上の彼はかつての教育係の1人だったためか、今でもこうして国王の私室に招かれることもある。 (だが何故、今ここに?) そんな疑問を抱きつつリオンは自分以外の要人がここにいるのかと父に視線だけで問いかけたが、対処は自分でしろとでも言うように、この国の最高権力者はサラリと無視を決め込んでいる。 「卿もな。私は父上に…いや、陛下に呼ばれてここに来たのだが」 「ハッハッハッ。いやいや、老体とはいえ将来は御身に侍る身……ならば少しでも覚えめでたくと」 「ゴマをするために立ち寄った、と。卿の顔はしかと覚えた故、退室して構わない」 「いやはや…たった数瞬で追い出されてしまうとは。よろしければあのお小さかった王太子殿下の成長ぶりを、この老骨めにお示しくださる栄誉を……」 「お祖父様にならともかく、赤の他人であるそなたに私の成長ぶりなど何の関係もなかろう。退出願おう」 「いえいえ……」 何故ここまで食い下がるのか──訝しいというよりも、確信と嫌悪感をもってリオンはキッパリと拒絶を示したが、それを否定する台詞は十分予測がついた。 「ひょっとすると我が孫のひとりが、殿下の横に並び立つ日が来るかもしれませんからなぁ」 「そんな日は来ない」 「……は?」 自分で思うよりも食い気味にリオンがキッパリ否定すると、何故か不思議そうな顔で老人が問い返してきた。 「いや、しかし……最近ディーファン公爵令嬢は、王太子妃教育をまともに受けられていないとか……」 「誰がそのようなことを?」 成人前ではあっても、さすがに王族としての威厳を込めてリオンは睨みつけたが、老公爵は「さぁて…」と言葉を濁してカップを受け皿に戻した。 「……どうやらご不興を買ったようですな。では陛下…またいずれ」 「ああ」 心の中はともかく、国王と王太子に向ける姿勢はあくまでも丁寧に、ティアム公爵は穏やかな笑みを浮かべて臣下らしく頭を下げてからようやく退出したのである。
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