視線

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視線

シーナ自身は大人しく隅っこで見守るつもりだったが、何故かフルール夫人の後ろでルエナと共にお針子さんたちに紹介されていた。 キチンと礼儀作法を身に付けて育ったルエナと違い、シーナの仕草は父とともに訪れた貴族家や、子爵である伯父兼義父のおかげで通えるようになった貴族学園で教えてもらったもの、そして前世見たアニメや映画の視覚的知識であるため、いまだに少しぎこちない。 たとえ下働きとも言えるお針子の末席の者であっても、さすが貴族令嬢を盗み見る女性たちにかかればその付け焼刃具合は丸わかりのようで、若干向けられる視線の温度が下がるのを肌で感じる。 「……ま、仕方ないかぁ」 「どうしましたの?……あぁ……」 「えっ!いやいや!何でもないから!」 こっそり溜息をついただけのつもりだったが、どうやら脳内の呟きが漏れてしまったらしい。 ルエナはしっかりと聞き取り、周囲に軽く流し目をしただけでシーナへ注がれる視線の意味を把握したようだった。 手にした清楚な扇をパッと広げて口元を隠し、今度は見間違えようがない強い視線で各テーブルを見ると、さすがに公爵令嬢の威圧に負けて顔を伏せる者が数人いる。 「そうね……後はお母様にお任せしましょう」 フッと息を吐いたルエナがパシンと扇を手のひらに叩きつけて閉じ、ルエナはシーナの腕を取ってくるりと踵を返す。 その姿に戸惑いのざわめきが上がったが、ルエナは気に留めるそぶりを見せずに足を庭からテラスに向けて進め、当然引っ張られるシーナも止まることはできない。 普通なら公爵夫人が礼儀知らずと叱ってもよさそうなものだが、制止する声はかからなかった。 微かな扉の開閉音で、ファミリースペースとなっているディーファン公爵邸2階の奥に設えられた家族用の図書室で本を読んでいたエリー嬢はパッと顔を上げる。 幼い娘を世間知らずに育てたかった実父が支配するイェン伯爵家に比べると、素晴らしい蔵書があるこの公爵家での扱われ方は格別であった。 『これ、面白いわよ』とシーナお姉様に渡された小説もあるし、しかもその続刊だけでなく同じ作家の作品を取り寄せるようにとルエナお姉様が手配をしてくれたおかげで、階下のざわめきを気にすることなく読書に没頭できる。 その集中力を途切れさせられはしたが今読んだ小説の素晴らしさを語ろうと目を輝かせて立ち上がったが、ルエナが怒りと悲しみを混ぜた表情で目を潤ませ、シーナがその背中を撫でて宥めているのを目にしてしまって、ストンとまた椅子に座り直した。
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