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貧富
それでもやはり先ほどの光景に怒りは収まりきらないのか、ルエナは一息つくとキュッと唇を引き結んで黙り込み、木製の扇がミシリと小さく鳴るほどに握りしめる。
「お、お姉様……」
「……んふっ……」
エリーが心配そうに声を掛けると、いつもよりもずっと時間をかけて俯いていたルエナはピクッと肩を震わせてから、ようやく顔を上げてくれた。
とても──とても辛そうな笑顔を浮かべて。
「…んっ……ごっ…め、な……ンンッ……ごめんなさい、エリー。な、何かしら……」
「ルエナお姉様……」
いつもと同じ、と自分では思っているらしい笑顔は痛々しすぎて、エリーは思わずシーナに視線を向けた。
シーナはその問いかける視線に微笑みかけながら肩を軽く竦め、ルエナの背中に添えた手でトントンと軽く叩く。
「ほらほら……大丈夫よ。アタシは傷ついていないし」
「でもっ……ぅ……」
「本当に大丈夫。ああいうのは初めてじゃないから」
「は、初めてじゃない…って……」
悲しみと怒りの感情を込めて、ルエナはシーナを振り返った。
「まあ……あの人たちの方が金銭絡む品定めって感じだったから、それはお客として相手できるかどうかっていう話だし。それは商売人として正しいの。彼女たちが『自分の店』を持っていないとしても、ね……」
「そ、そんなに品定めされてましたの……?シーナは……」
「あ!いやいやいや!言っとくけどね?庶民街はそんなことないからね?そんなことしてたら、普通の店は潰れるからね?貧民だろうと富豪だろうと、ちゃんとお金を持っていれば相手してもらえるし、品物も売ってもらえるし」
「……え?」
「おかね……?」
ルエナとエリーはキョトンとしているが、その理由はそれぞれ違う。
ルエナはもちろん売買に金銭が関わるのは知っているが、商人は家にやってくるし、嫌な顔をされたことはない。
エリーはドレスを作ってもらう時にデザイナーと上級裁縫師と会うことはあっても、支払いの席に同席させてもらったことはないし、アクセサリーにしてもすでに父親が「ドレスに合う物を」とデザイナーに指定しているため、いつの間にか出来上がって自分のクローゼットに入っているのかまったく知らない──すなわちそれらを手に入れるには『お金』が絡むことを教えてもらっていない。
それぞれ角度の違う『世間知らず』ということで、シーナが「貴族御用達の店では相手にされない」と暗に言ったことを理解できていなかった。
現世では一応オイン子爵家の次男の娘ではあっても貧民街で生まれ育ち、前世ではお金持ちの家の娘ではあったが『義務教育』という名の下に平等に算数を習えていたシーナは、貴族であろうと爵位のない人間であろうと『生きるには金がいる』をしっかりと理解している。
そしてそれを得るために労働する人たちにも、階級というか質があるということも。
「でも学園に通う子息令嬢たちはそういうわかりやすい物差しじゃなくて、『感情』で人を差別するのよ」
「感情……?」
「そうよ~。『何であんな子が』、『爵位が低いのに王太子様の横に立てるなんて』、『私でもワンチャンいけるかも』って」
「ワンチャン…って、何ですか?」
「ん~?あ~、それは後で教えてあげる」
ルエナはシーナの言ったことを理解してまた俯いたが、エリーは聞いたことのない単語に引っかかって、シーナに向かって可愛らしく首を傾げた。
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