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だけど、こんな僕でも誰かを好きだったことがあったんだな。
・・・全然覚えていない。
昔見た映画とかかな?
分からなけど、誰かを思ってこんなに胸がドキドキするなんて素敵だね。
今の僕にも、こんなに胸がドキドキするとこが起こるだろうか・・・。
とりあえず先生にはドキドキしないよね。
そう思いながら先生の寝顔を見ていると、目が僅かに動いた。
「おはようございます、先生。少しは元気になりましたか?」
まだ起きるには少し早いけど、早すぎる時間じゃない。
昨日より幾分か元気になったのをその香りから確認して、僕は笑顔で先生にあいさつした。
先生とベッドを共にした次の朝は必ず先生よりも先に起きて、寝起きの先生を安心させてあげるようにしている。だってせっかく不安を和らげるために肌を重ねているのに、朝起きた時に誰もいないとそれだけでまた寂しくなってしまうから。
僕は先生がちゃんと起きたことを確認してベッドをおりると、身支度を整えて帰る準備をする。
「ちゃんとシャワーを浴びてくださいね。間違っても僕の香りをつけたまま奥さんのところに行ってはいけませんよ?」
先生はいつも朝、奥さんに会いに行ってから大学に来る。
「・・・家に帰るのか?」
「そうです。いつもの通りです」
いつも一旦帰って着替えてから大学に行くのだ。頻繁にここに泊まるけど、ここには僕のものは一切置いていない。
だってここは先生と奥さんの愛の巣だから・・・。いくら先生と寝る関係であっても、それはあくまでも先生を癒すため。いわば身体を使ったカウンセリングのようなものだ。そこに甘やかな愛なんて微塵もない。
本当はこのベッドを使うのも気が引けてるんだよね・・・。
そう思いながら、僕は最後に先生を振り返った。
「先生、僕今日からしばらくここへは来れません」
その言葉に先生が起き上がる。
「発情期です。明日から大学もバイトも休んで家に籠るので、呼ばれても来れません。あと、スマホも切ってしまうのでしばらくは連絡もつきませんから、僕からの返信がなくても心配しないでください」
そう言って玄関に向かう。そして靴を履いて、玄関の奥さんの写真に『お邪魔しました』と挨拶をしてドアを開けようとした時、先生が慌てたようにかけてきた。
「ここで・・・過ごしたらいいじゃないか・・・?」
その言葉に少し驚く。
まさか先生からそんな言葉が出るとは・・・。
「僕は誰とも一緒に過ごしません。それに先生は奥さんを愛してるでしょ?発情期のフェロモンはいつもより濃いから、シャワーくらいじゃすぐバレてしまいますよ」
僕はさらに引き止めようと伸ばされた手に気付かないふりをして、そのままドアを出た。
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