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そんな姿を見て育った僕はいつしか、僕がいなかったらこの人はもっともっと幸せになれたんじゃないかと思った。
こんなに綺麗な人だから、きっとたくさんのアルファに言い寄られ、賢くて努力家だから、いい大学に入っていいところに就職したに違いない。そしてそこでいい人に巡り会って、苦労なんてしない明るくて裕福な家庭を築けたのではないかと考えた。
小さい頃だから、そんな具体的に思った訳では無いけれど、漠然と僕がこの人を苦しめているんだと思っていた。
そんな人が縁あって結婚した時は本当にうれしかった。
僕が5才のときだった。
努力が実ったのだ。
相手の人は通っていた大学の担当教授で、年に何回かある登校日で出会ったらしい。23才も年上だけど、とても優しくて頼れるアルファだ。
僕のこともかわいがってくれて、その後生まれた弟と分け隔てなく、本当の子供のように育ててくれた。
義父がいて母がいて弟がいて。
傍から見ても仲良しの幸せ家族だったと思う。
両親からはいっぱい愛情をかけてもらった。
年の離れた弟はとても懐いてくれて、いつもにこにこ僕の後をくっついてきてくれた。
なのに僕は、心のどこかでこの幸せの中に入りきれない自分を感じていた。
僕だけ義父と血が繋がっていないから?
僕が母を苦しめてきたから?
表面的にはみんなと一緒に笑って過ごして、でも心のどこかに壁を感じていた。
そんな時に行なわれた第二性診断で、僕はオメガであることが分かった。
義父は性差別のない人でそのまま受け入れてくれたけど、母は少なからずショックを受けているようだった。
それは、自分がオメガであったために辛く苦しい目にあったからだろう。
オメガであるために恐怖と苦痛をその身に受け、さらにその悪夢は終わらず胎内に留まり、先の見えない暗闇に陥れられたのだ。
その元凶たる僕は、母に与えた苦悩を知るために、きっとオメガになったのだ。
だれにも望まれずに生まれた僕は、なんのために生きているのか分からなかった。
両親に望まれて、祝福の中で生まれてきた弟を見て、さらに分からなかった自分の存在意義を、そのとき初めて分かった気がした。
オメガであるために起こった罪の子は、その償いをオメガの性でしなければならないんだ。
オメガのフェロモンで寄ってくるアルファたち。
彼らは時に、アルファの支配欲と独占欲を満たすためにオメガを力でねじ伏せようとする。その欲望を満たすために僕はいるのだ。少しでも、他のオメガが苦しまないように。母のような悲劇を少しでも無くすように、きっと僕は存在してるんだ。
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