初恋

7/36
前へ
/36ページ
次へ
たけどそんなに強くないからこそ、僕みたいな存在が必要なんだ。 この人には間違っても僕は必要ないね。 いつものようにコーヒーをカウンターに置いたその人に、僕は接客用の笑顔でレジ対応をする。 「ありがとうございました」 レジを終えたコーヒーを持って出ていくその人を見送り、僕も仕事を上がる。 あの人、この辺に住んでるのかな? このコンビニは最寄り駅から徒歩5分のところにある。だからここを利用する人は、この近所の人が多い。 きっと駅からの帰り道にあるコンビニなのだろう。 僕は支度を終えると駅に向かって歩き始めた。先生のところに行くためだけど、そうでなくても僕は駅に向かう。なぜなら僕の家の最寄り駅はここじゃないからだ。 これはオメガの警戒心なのかもしれない。 自分が許した相手ならいいけど、やはり同意なく犯されるのは出来れば避けたい。そのため、たかがコンビニのバイトとはいえ家を特定されないように、最寄り駅ではないところのコンビニにしたのだ。 ここは家と大学の間にある駅だから定期も使えるし、万が一タクシーを使わなくてはならなくなってもそれほどの距離じゃない。 オメガなら不意の発情とかあるからね。 そういう時の対応は万全にしておきたい。 そういえば、僕がオメガだと分かって母が初めに言ったのは、オメガとして気をつけなければならない二つのことだった。 抑制剤を飲むとか、緊急抑制剤とアフターピルを必ず携帯することは当たり前として、その他に、誰かと寝る時は必ず避妊することと、番を約束した人以外は決して発情期を共にしてはいけない、ということだ。 普段ならどんなにそういう事をしても構わないけど、発情期だけは決して誰かと過ごしてはいけない。いくら避妊に気をつけていたとしても発情期のオメガは意識が飛んでしまう。相手がちゃんと避妊してくれるか分からないし、何よりうなじを噛まれる可能性がある。 噛まれないためのチョーカーもあるけど、それを普段から付けているならまだしも、その時だけ付けるなんて忘れてしまう可能性が高く、そんなリスクを犯すなら最初から一人で過ごす方がいい。 これがもし、他の誰かに言われたことなら聞き流していたかもしれないけれど、誰よりもその苦渋を味わった母の言葉は重かった。それでも母は、幸いうなじは噛まれなかったから今の義父と出会えて幸せになれたのだ。 僕にこの先そんな出会いがあるとは思えないけど、それでも僕もうなじだけは守らなければならないと思った。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

809人が本棚に入れています
本棚に追加