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本格的な夏がやってきた。
「暑い・・」
普通に歩いているだけなのに背中を汗が流れ落ち、そのせいでシャツが体にピタッと貼りつく。
こりゃ、たまらん。
そう思いながら、痛いほどの太陽を受けたまま中堅スーパーの前を通りかかった時、ふと喫茶の文字が目に入った。
「あっ、この店」
梅雨になる前の夏の始まり、仕事の途中で何気なく入った喫茶店がここで、今どきのカフェではないけれど、常連さんがいるのか、席もそれとなく埋まっていた。そこで頼んだコーラ。
いつもならアイスコーヒーを頼むけど、ここはおもてのメニューに古びた食品サンプルが並べられていて、そのコーラが実にレトロ感をむき出しにしていた。
そのグラスに入っているレモンの輪切りもとてもマッチしていて、それを見ただけで、海、波風、砂浜、淡い初恋、海岸線をドライブ、みたいな映画のワンシーンを想像する。
まぁ、とにかく夏にコーラはいいよね。
そんな気持ちで頼んだコーラは、レモンの輪切りから氷の配分まで、おもての食品サンプルを持ってきたのかと思うほどそっくりだった。
そのレモンをストローで突つくと、シュワーと音を立てるコーラとカラカラいう氷の涼やかなこと。
レモンから出た果汁とコーラの相性も抜群で、生き返ったーと思ったし、その活力で午後の仕事がとてもスムーズだった。
あの日を思い出し、「こんな日は、あのコーラに限る!」と、
店に入ってみると、やはり客の入りは相変わらずでランチ時間としては少々寂しいといったところか・・。そういう自分も、ランチはよそで済ましていたし、ほんの数分前までこの店の存在すら忘れていたのだけれど。
当然のようにコーラを頼み、今日はラッキー日だったなとスマホをいじくっていると、きたきた、待望のコーラが。
そしてレモンをストローで・・と、手先は動かしているはずなのに
ー つ、つつけない? ー
なぜ? どうして??
頭にはそれしか浮かばず、つついたレモンをグラス越しに凝視すると、あり得ないことに、これはレモンの端っこ?
しかも、枝切り部分は少し黒くなりつつある?
しばし固まり、嘘でしょ、レモンのヘタなんかを売り物に入れる?
輪切りのレモンが大量に使用されはしないだろう店で、普通なら捨てるくらい端の部分であるヘタをわざわざ?
なんなのー、この不誠実さは。
自分で言うのもなんだけど、わたしは温厚な性格だ。生まれてこのかた怒った記憶もないわたしの頭に血が昇ったのに。
「ちょっと、あまりに失礼じゃないですかー!」
と怒鳴ったのはわたしじゃく、レモン。
「ヘタヘタと言ってますが、まだ実だってある。たくさんじゃないけど、果汁は出ます」
ー へっ? ー
よく見ると、少しは実も残っているヘタではある・・。
「そりゃ輪切りには負けますけどね、ヘタは捨てろってのはひどいでしょ」
「だって、料金同じでヘタはないと思うけど」
「だいたい、さっきからヘタヘタと。鯛でいえば、わたしは立派なお頭ですよ」
いやいや、例えに鯛は有り得んよ。
小心者のわたしが店員に文句など言えるわけがなく。
情けないかな、せいぜい心の中でこんな葛藤を繰り広げるくらいが関の山だった。
だけど飲みたかったなぁ、あのレモンコーラ。
レモンのヘタ。
言い方も合っているのかわからない部分をストローですくい上げて、もう無理というほど指で絞り上げてやった。
そして、私の怒りもその中へ。
午後の仕事はというと・・・、想像におまかせします。
(了)
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