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今日は2021年8月9日。長崎は雲1つない晴天だ。今日は長崎の平和記念日だ。太平洋戦争終結直前の1945年8月9日午前11時2分、原子爆弾『ファットマン』が落とされた。約74000人が死亡し、建物は約36%が全焼または全半壊した。それ以来、この日の長崎は平和への祈りに包まれる。
将司(まさし)は小学校1年生。夏休み中だが今日は登校日だ。今日の登校日で提出する宿題はもうやり終えた。あとは9月1日に出す宿題だけだ。
「今年も8月9日が巡ってきたか」
「うん」
父は外を見た。長崎の空はいつもと同じだ。だが、今日は違う。今日は平和への祈りに包まれる日。11時2分、黙とうをしなければ。
「さて、学校に行かないと」
将司はランドセルを持ってやってきた。ランドセルの中には筆記用具などが入っている。将司は楽しそうな表情だ。
「あっ、今日は登校日だったわね」
母は登校日のことを知らなかった。自分も経験していたが、すっかり忘れていた。
「行ってきまーす」
「行ってらっしゃい」
将司は学校に向かった。両親は将司を玄関で見送った。
と、87歳の曾祖母がやって来た。この家族の中で唯一、原爆投下を経験した。
「あれからもう76年か」
「そうですね」
曾祖母は外を見た。76年前の面影は全くと言っていいほど消えた。でも、76年前の記憶は消えない。忘れることができないほど悲惨だった。
「あの時はまるで地獄だった。3日前、広島に落とされたのをニュースで見て、ただただ驚いてたが、まさかその3日後に長崎に落とされるなんて」
曾祖母はその時のことを思い出した。その日、広島では一部ではあるものの路面電車が再び走り始めた。それは復興に向けたかすかな第一歩のように見える。だが、今度は、今日、長崎に落とされるとは。その時、曾祖母は全く知らなかった。
「そうだったんですねー」
「かくれんぼをしていた妹は見つからなかった・・・」
曾祖母は涙を見せた。かわいい妹だったのに。こんなことで死んでしまうなんて。とても信じられなかった。6日後、戦争の終わりを告げる玉音放送が流れた。だが、そこに可愛い妹はいなかった。曾祖母は泣き崩れ、妹のことを思い出した。もう妹は戻ってこない。天国で妹はどんな思いでこの玉音放送を聞いているんだろう。
正午を少し回った頃、将司が学校から帰ってきた。将司は嬉しそうな表情だ。宿題を予定通りに返すことができて、ほっとした。
「ただいまー」
将司は2階の部屋に向かった。ランドセルを置いたら1階に戻って昼食を食べようとしていた。将司はお腹が空いていた。
しばらくして、将司が1階に戻ってきた。1階では母が料理を作っていた。今日のお昼は長崎名物の皿うどんだ。特別な日は長崎名物を食べるのがこの家の習慣だ。
「ちゃんと黙とうした?」
「うん」
将司は11時2分、先生や同級生と共に黙とうをしてきた。将司は遠足などで平和資料館に行ったことがある。どんな被害が出たか、どんな状況だったか。目を覆いたくなるような場面もあった。だが、どれもこれも本当に怒った事だ。将司は信じられなかった。76年前、長崎がこんなことになったなんて。
「お昼ごはんにしようか?」
「うん」
将司は匂いを嗅いだ。それだけで、今日は皿うどんだと将司は確信した。
「今日は皿うどん?」
「そうよ」
母の声に、将司は喜んだ。いつもと違って豪勢な食事だ。将司はリビングに急いだ。テーブルにはもう皿うどんが置かれている。
昼下がり、将司は家でのんびりしていた。久々の登校で疲れていた。
将司は授業の事を思い出していた。幼稚園の頃、資料館に行ったことがある。まだ何のことがわからず、ただ見ていた。だが、今日の授業で、1945年8月9日に長崎で起こったことを詳しく知ることができた。とても信じられなかった。
今日でようやく知ることができた。こんなに悲惨なことだったんだ。これが76年前の長崎だったなんて信じられない。
と、下の階から子供たちの声が聞こえた。同級生だ。
「将司、かくれんぼしようぜ!」
「うん」
将司は今日の学校で、午後に将司の家でかくれんぼしようと約束していた。昼食を食べた後、将司の家でかくれんぼをする予定だった。
「じゃんけんポン!」
最初に勝ったのは俊介だ。俊介が先に逃げた。俊介が隠れたのは庭の物置だ。
「じゃんけんポン!」
次に勝ったのは将司だ。将司は1階の和室に向かった。
「じゃんけんポン!」
最後に勝ったのは智だ。鬼は慶太に決まった。智は2階の母の部屋のクローゼットに隠れることにした。
「じゃあ、慶太くんが鬼ね」
「うん」
慶太は壁に背を向け、腕で目隠しをした。
「もーいいかい」
「まーだだよ」
将司は1階の和室の屋根裏に隠れることにした。ここなら見つからないだろう。
「もーいいかい」
将司は屋根裏に入った。屋根裏は暗い。そしてほこりだらけだ。
「もーいいよ」
将司の声で、慶太は3人を探し始めた。
「ここなら大丈夫だな」
将司は屋根裏で静かに待っていた。物音を出したら見つかるだろう。じっとしていよう。
しばらくじっとしていると、大きな爆発音が聞こえた。何だろう。だが、真っ暗で何も見えない。どこか近くで何かが爆発したんだろう。
「ん? 何の爆発音だろう」
将司が前を向くと、1人の少女がいた。その少女は顔が傷だらけだ。所々から血が出ている。
「あれっ、誰だろう」
その時、少女の後ろで何かが燃えていた。この家で火事が起こっているのか? どうしよう。逃げられない。
「も、燃えてる!」
将司は焦っていた。早く逃げないと燃えて死んでしまう。
「な、何だ!?」
将司は驚いた。少女が段々ゾンビのようになっていく。
「水・・・、水・・・」
少女は水を欲しがっている。少女の容姿は段々ひどくなっていく。
「お・・・、おばけー!」
将司は大声で叫んだ。だが、少女は近づいてくる。将司はいつの間にか汗を流している。やがて少女は将司の肩に手をかけた。
「ギャー!」
将司は叫んだ。だが誰も来ない。Tシャツに血がにじむ。
「将司! 将司!」
慶太や俊介らの声で将司は目を覚ました。将司が目を覚ますと、そこは和室だ。
「み、みんな・・・」
将司は呆然としていた。自分に何が起こったのかわからなかった。
「屋根裏に隠れてたんだね」
「わかってる。見つけたんだけど、何かに興奮しているようだったので座敷に下ろした」
下ろしたのは俊介だ。最初、鬼の慶太が見つけた。だが、暴れていて、なかなか降りようとしない。明らかにおかしい。慶太も俊介も不審に思っていた。
「そうなんだ」
将司は呆然となった。あれは一体何だろう。夢でも見ていたんだろうか? Tシャツには血がついていない。
その夜、晩ごはんの席で屋根裏で何を見たのか話した。将司は少し元気がない。まだあのゾンビに怯えていた。あまりにも現実と思えなかった。
「どうしたの?」
母は将司の様子が気になった。屋根裏で何があったんだろう。屋根裏でどうして暴れていたんだろう。
「屋根裏に誰かがいたんだ。水、水って叫んでたけど・・・」
将司は何があったのか話した。将司の口は震えている。
「どうしたの?」
「その人、だんだんおばけに変わっていったんだ」
その声に、父も反応した。まさか、曾祖母の妹じゃないか? 父は曾祖母の妹のことを知っていた。今朝も聞いた。まさか、あの幽霊じゃないか?
「何か見たのか?」
「おばけを見たんだ」
将司はいまだに口が震えていた。
「えっ!?」
「本当に?」
祖母も驚いた。まさか、母の妹の幽霊じゃないか?
「ああ」
「もしかして、妹の幽霊では?」
曾祖母は妹のことを思い出した。かわいい妹だったのに、かくれんぼをしている最中に原爆の被害に遭い、そのまま死んだ。
「えっ、ひいおばあちゃん?」
「ああ。妹は昭和20年の今日、8月9日に原爆が投下された時、朝からかくれんぼをしていたんだ。がれきの山を必死で探したんだけど、妹は見つからなかった」
曾祖母は涙を流した。今でも思い出すと涙を流してしまう。
「そうなんだ」
将司は真剣にその話を聞いていた。今日の授業だけでは語りきれない悲劇があるんだ。
「やっぱりあれは、あの時、焼け死んだ妹の幽霊なんだな」
その時、将司はある石板を思い出した。それは、平和の泉にあるモニュメントで、原爆の悲惨さを物語っている。
のどが乾いてたまりませんでした
水にはあぶらのようなものが
一面に浮いていました
どうしても水が欲しくて
とうとうあぶらの浮いたまま飲みました
ひょっとすると、曾祖母の妹もこんな様子で死んでいったんだろうか? そう思うと、今日の授業だけでは語りきれないほどの悲劇があるのではないか? 将司はもっと長崎に原爆が落とされた時のことをもっと知りたくなった。
76年後、長崎はいつものように夜を迎えている。だが、76年前の夜はどんな感じだったんだろう。将司が夜空を見て、76年前の長崎に思いをはせた。
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