一.ボクのお仕事

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一.ボクのお仕事

 オレンジをぎゅぅっーと絞るでしょう。 そうそう、そんな感じで。 その絞り汁がとろとろと、お手々(おてて)を流れ出して。 うん、うん、そんな感じ。 あの日、手を伸ばしても届きそうにない保育園の小窓から ずっと見ていた夕焼け。 ちょうどそんな感じだったんだ。 最初はきれいだなと思っていたけど、 あっという間に今度は真っ黒の クレヨンで塗りつぶしたようなお空に変わった。 そうなって いつになっても、あの方は迎えにこなかった。 あの方とは、もうはっきりと思い出せないけど、皆が言うには『母親』というものらしい。 その方をいつまでもいつまでも待っていたけど、お迎えにはこなかった。 やっと、扉が開いて誰かが入ってきた時、お外はしっぽりとした 闇の世界。 ボクはやっと帰れるとおもむろに腰をあげたんだけど……。 何度も目をこすって見つめる先には、 体中を大きな黒い衣装で羽織っている人が一人。 その人の手からは、月明かりに照らされて光輝く きれいな鎌が一本。 その人はボクにこう尋ねた。 「憎いか?小僧?」 「……おじさん誰なの?誰を憎いって?」 「フンッ。お前を迎えにこなかった母をさ、 いや迎えにこなかったのではない。捨てたんだよ。お前のことを。」 「えっ、何を言ってるの?僕を捨てた?」 「あーそうだ、憎いか?」 「憎いも何も、もう少し待っていたら必ずボクを迎えにくるよ、きっと。」 「ふん、甘いな。」 それから何時間たっただろうか。 ボクは疲れていたのか、おじさんが隣にいたことも忘れて、 眠ってしまっていた。 ______「おい起きろ小僧。やはり母親は迎えにこなかっただろう。」 また、元の世界に戻ってきたボクはゆっくりと目を開いた。 「分かったか。そしたら今度は、お前から迎えに行け、 あの世からお迎えにまいりましたとな。」 「えっ。」 そして、おじさんはおもむろに僕に手渡してくれた。 鋭く光る鎌をね。 それがボクのお仕事になった。 6歳でだよ。もう、お仕事を始めたんだよ、 えらいでしょ。 えっ?何の仕事かって? うん、子どもを捨てた母親を、あの世へお迎えにあがるためのお仕事。
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