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錆びた線路の上を一昼夜歩き通して、わたしと彼は深い森の中へ分け入った。草や低木が微かな音を立てるたび、彼は凍りついたように動きを止めたけど、それは人間の軛を解かれた愛らしい動物たちやそよ風の悪戯だ。
やがて森の中に異様な風景が現れた。
有刺鉄線で囲われた広大な土地と、その中に点在するコンクリート造りの、かまぼこ型の建物が数棟。それに装甲車両と戦争末期に投入された自律型多脚兵器。でも、そのどれもが顧みられなくなって久しいことは朽ち果て具合から明らかだ。彼はひときわ大きく破られた有刺鉄線の跡から敷地内に入ると、装甲車両に使えそうなものがないかと中を覗き込んだ。そして六本脚の片側三本までを失った自律型多脚兵器の残骸を苛立たしげに蹴とばすと、外壁の所々が茶色く変色した蔦の絡まった建物の一棟に目を向けた。
わたしは嫌な予感がした。
彼は好ましくないものを、そこに見るかもしれない。
「駄目よ、そこは」
心の声は彼には届かない。
わたしは彼の腕を掴んで首を左右に激しく振った。でも彼は制止を振り切って生存者避難所と半ば剥げかけた看板が掲げられた建物の分厚いハッチに手をかけた。彼は重いハッチを引っぱり、その隙間に身体をこじ入れると、渾身の力で通り抜けられるだけの空間をなんとか確保した。ハッチが半分以上開いたためか、室内の非常灯が瞬いてついた。明りに誘われる虫のように建物内に吸い込まれた彼に続いて、わたしも中に入った。
*
彼が可哀想だった。
あの中で何を見ることになるか予想ができていただけに、それを止められなかった自分の不甲斐なさが呪わしかった。
所々が茶色に染め上げられた数々の部屋で血の気をなくした彼。風化しかけた残骸の山に腐敗臭がほとんど残っていなかったことだけは幸いだったけど、落胆と動揺を滲ませた彼を見ているだけで、とても心が痛んだ。どうやって慰めてやればいいのか見当もつかない。それでも何とかしようと、肩を落とす彼の顔に手を伸ばしたけど、わたしを拒絶するばかり。
でも、きっとまた元気になるはずだ。
それまで待とう、時間はいくらでもある。
彼とは心が通じ合っているのだから。
へたり込んだ彼の傍にしばらく佇んでいたわたしが腰を下ろそうとしたとき、建物の陰から急に人影が現れた。
「動くな。二人ともそのまま」
軍用小銃の銃口を彼とわたしに向けた女が決然とした声でそう命じた。
「ぼくらは……」
「お喋りの許可は与えてない」女は小銃を持つ手に力を込めた。「口をつぐんで、私らの仕事が終わるまで良い子で待ってろ。わかったら、一度だけ頷きな」
彼は無言で従い、わたしはこの無粋な女に腹が立った。腹が立って仕方なかった。
でも怒りは禁物。絶対に怒っては駄目だ。
わたしは湧き出ようとする怒りを必死にのみ込んだ。
女は彼とわたしから視線を外すことなく、後ろに控えている武装した三人の男女に声をかけた。三人に比べて年かさのこの女はグループのリーダーなのだろう。すぐに、二人が女と見張りを交代して、残った眼鏡の男は女リーダーに付き従って生存者避難所の中に消えていった。
どれくらいの時間が経ったのだろう。虫の声が止んだころ、重そうな黒いケースを運ぶ眼鏡の男を従えた女リーダーがやっと外に出てきた。
「今度こそ成功するのを心から期待してるわよ、メカ・オタクちゃん」
嫌味を言われた眼鏡の男は、うんざりしたように女リーダーから視線を外すと作業に取り掛かった。男は黒いケースと自律型多脚兵器の残骸に様々な色のケーブルを繋ぐと、なにやらゴソゴソやりだした。しばらくするとブーンという虫の羽音とは違った不快な音がしはじめた。
この4人は兵器を再起動させようというのだろうか。わたしの心は不安で一杯になった。
「よし、いけそうだ」眼鏡の男の顔に会心の笑みが広がった。「やってみる」
残骸がガタガタと振動して、片側に残った三本脚に動力が戻った。でも、それは地面の上で無様なダンスを繰り広げるだけで、すぐに命を失った昆虫のように折りたたまれてしまった。一つだけ残ったセンサーカメラも赤い光を瞬かせては消え、また瞬いては消えた。ブーンという不快な音と赤い光が徐々に小さくなっていく。
やっぱり、壊れたままだ。
わたしが安心したのも束の間。突然、赤い光の帯が辺りを探るようにセンサーカメラから辺りに伸び広がったかと思うと、自律型多脚兵器が喋りだした。
「周辺走査を開始。標的1、人間、クリア……。標的2、人間、クリア……。標的3、人間、クリア……。標的4、返死人、攻撃開始」
轟音が大地を震わせ、わたしの身体は突き飛ばされたように大地に転がった。視界のむこうに起動した武器から紫煙を立ち昇らせた自律型多脚兵器が再び機能を停止し、眼鏡の男が必死に黒いケースと格闘している姿が見える。
身体の痛みはない。
わたしはもともと呼吸もしてないので肺から血の泡を吐いて苦しむこともない。
あるのは驚き。それに……。
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