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episode X-2~X年(丹内)
『シェアハウスしませんか』
学生課の掲示板の前で、俺は腕組みしていた。
家賃高騰の折、少しでも安く、でも少しでも広い部屋を求めて、うちの大学界隈ではシェアハウスが盛んだ。他人と一緒に住む煩わしさはあるけれど、きちんと約束を決めれば何とかなる。
あまり大人数ではなく、できれば2-3人ぐらいがいい。
今住んでいる古アパートは、先日の大雨から雨漏りがひどく、これ以上住むのは厳しかった。大切にしていた資料や本も、濡れてよれよれになってしまった。
幾つか貼られたメモの中、角ばった几帳面そうな字で書かれた連絡先を控えた。別の学部の1年生とある。
早速メールを送ると、ぴろんと返信が鳴った。
中庭のベンチでソーセージパンを頬張っていた俺は、慌ててジュースで流し込み、メールを開く。
「早いな…」
鷹取という名のその1年生は、今日なら時間がある、会わないか、と。
幸い、自分も最後の授業が休講となっていた。
大学近くのファストフード店で待ち合わせ、となった。
図書館に寄っていたら、約束の時間ぎりぎりになってしまった。
辛うじて間に合い、ポテトとコーヒーを載せたトレーを持って2階席へと上がると、窓際の席でこちらを見ている背の高い若い男がいた。
短めの黒髪に、しっかりした肩幅。スポーツ選手、といった様相だった。
「鷹取さん…ですか?」
俺が声をかけると、意思の強そうな眉が、ふわりと緩んだ。
「丹内さん?」
「にない、です」
鷹取がごめんなさい、と頭を下げる。
「いやいや。大抵、一回では正しく呼んでもらえないから、気にしないで下さい」
と、俺が笑うと、鷹取も、ほっとしたような表情を浮かべた。
「農学部1年の鷹取 一太です」
「文学部1年の丹内 太一です」
二人で顔を見合わせて、笑う。
「名前見て、いやー、これは連絡するしかないだろ、と思って」
「僕もメール見て、すごい偶然だな、と思いましたよ。一太と太一なんて」
「そうそうないっすよね。…で、シェアハウスって、定員何名なんですか?」
「僕と、もう一人の2名のつもりです。元々は会社員の兄と暮らす予定だったんですが、急遽、転勤が決まってしまって。僕一人では広いし、家賃も高いし。それなら、って」
「俺は、アパートに入居したばかりなんだけど、この前の大雨から雨漏りがひどくて。あちこちからぽたぽた…」
「それは、困りますね」
「せっかく買った教科書が、もう、ひどいことに」
「じゃあ、すぐにでも、引っ越したい?」
「ですね」
「今から見に行きますか?」
「はい」
何だか、ウマが合う気がした。
鷹取は、東京の出身だった。自分は北関東出身で。二人とも北国の大学へ来たばかり。
2LDKのマンションは、駅から10分ほど歩かなければならないが、住宅地にあり、緑に囲まれとても静かだった。
「スーパーとコンビニもあるし、結構便利なんですよ」
4階の窓からは、少し離れたところに小学校が見える。チャイムが微かに聞こえた。
「いいですね」
「でしょ? …家賃は、この額。光熱費とか水道代はその月ごとに半分で割る。冷蔵庫やエアコンはうちで買ったのがあるから、それを使えばいいよ」
「でも、それだと悪いな。家具とかも、ほとんど鷹取くんのものでしょ」
「じゃあ…。丹内くんは、文学部の何学科ですか?」
「英文だけど」
「じゃあ、英語のテストの時、助けてくれるとうれしいです」
「了解、任せて。食事とか掃除とかはどうする?自炊?」
「僕は、自炊です。料理が好きなんで」
「俺は、あんまり料理得意じゃないからなぁ…。超簡単なのしか作れないんだけど」
「それも、それぞれにしませんか? 当番とか決めるとつらくなるかもしれないし」
「好きなものを、それぞれ食べる、でいいか」
「たまに、僕の作ったものを食べてもらえるとうれしいです。ほら、料理ってある程度量を作らないと美味しくないものもあるから」
「それは、俺としてはすごく助かるし、うれしいけど」
そんなこんなで、鷹取一太と丹内太一の二人暮らしが始まった。
互いに干渉せず、ほどよい距離で。
学部が違うと、生活パターンも異なる。バイト先も全く異なり、夜に顔を合わせる程度だった。そのぐらいがちょうどよかった。
農学部の鷹取の朝は早い。農作物の世話、動物の世話。当番に当たると、早朝から出かけていく。時折、収穫した野菜を持って帰った。そしてそれを使って、鷹取が料理してくれる。新鮮な野菜は、味が濃く美味しかった。
俺は塾講師のバイトをしていたので、どうしても夜が遅くなりがちだった。食事も適当に済ませることが多く、鷹取の料理がラップして冷蔵庫に入っていると、小躍りした。
その代わり、鷹取が英語の論文や、テストに苦戦している時は、力になった。
それと、鷹取は片付けや掃除があまり得意ではないらしく、俺がまめに掃除をするようになった。
ちょうど、足りないところを、お互いに上手に補い合うように。
まるで、二つのパズルのピースが、ぴたりとはまるように。
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