episode X-2~X年(丹内)

2/3
前へ
/8ページ
次へ
「彼女が欲しいのに…何でできないんだろう……」  カフェテリアと言う名の昔ながらの学食でカレーライスを頬張りながら、同じ専攻科の小島にそうこぼすと、 「いや、お前、彼女いるだろう」 と、返された。 「は? いねーし」 「ほら、シェアハウスの同居人」 「は? …あれ、男だって」  言い返しながら、耳が熱くなる。 「めちゃめちゃ美味しいご飯作ってくれて、休みの日にはスイーツまで作ってくれるって……それ、実質彼女だろ」 「おい、今どき、そういう『女の子なら料理』って発言、アウトなんだぞ」 「はいはい。でもさ、結局、そういうのって無意識に求めちゃうじゃん」 「…まあ、その気持ちはわからないでもない」 「だろ?」 「いや、だから。あいつは男で、彼女とかじゃねーし」 「でも、丹内、合コン行って、女子と結構いい雰囲気になっても、全然続かないじゃん。それって、その同居人も影響してるんじゃねーの」  ぐさり、と来た。  そうなのだ。  どんなにかわいい子と、いい感じになっても。つい、鷹取と比べてしまう。  と、いうか。  鷹取のことを、考えてしまう。  穏やかで、包容力があって、いつも冷静で。でも、片付け苦手でちょっと抜けてて、意外とかわいいところもあって。俺のことよく見てくれて、何よりも、一緒にいるとほっとする。  ……って。  いや、あいつ、俺より全然筋肉あって、男だけど。  でも。    風呂上がりの鷹取とすれ違う時、Tシャツからのぞく腕に、なぜかどきりと心臓が跳ねて赤面してしまい、慌てて自室に戻ることがあった。  布団を頭から被り、そんな自分に混乱した。  俺、もしかして、乙女化してないか……?  だが、そう自覚しても、それほど嫌な感じはしなかった。               ◇  そんな、シェアハウスの生活が2年を過ぎる頃。  鷹取が、海外へ実習に行くと言い出した。 「オーストラリアの大規模農場へ1か月行ってくる」  真っ黒に日焼けした鷹取が、白い歯を見せて言った。 「1か月か」  寂しくなるな、という言葉は言わずに飲み込んだ。 「去年、丹内が夏休みに短期留学しただろう。話を聞いて、僕も海外の農場を実際に見て、そこから日本の農業を考えたい、と思ったんだ」 「確かに。一回外国に出ると、日本の見方が変わるからな」  鷹取の作った野菜がたくさん入ったキッシュは、俺の大好きなメニューの一つだった。ちゃんと好みを覚えていて、作ってくれる。  そこに、何か気持ちは入っているのかいないのか。  穏やかに笑う鷹取の、心の中まではわからない。  その点、俺は単純なのかもしれない。  美味しいご飯を時々作ってくれて、コーヒーを片手にとりとめもない話をして笑い合い、落ち込めば、まあ甘い物でも食べなよ、と手作りスイーツを出しながら、話を聞いてくれる。  鷹取は、もう、自分の中でかなり大きな位置を占めていた。    鷹取にとって、自分は、どんな存在なんだろう。  単なるシェアハウスの同居人、友人、なのだろうけど。  互いに、注意して、触れないように。  気持ちにも、身体にも。  その微妙な気遣いが、何を示しているのかに気づかないふりをして、毎日を過ごしていた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加