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「彼女が欲しいのに…何でできないんだろう……」
カフェテリアと言う名の昔ながらの学食でカレーライスを頬張りながら、同じ専攻科の小島にそうこぼすと、
「いや、お前、彼女いるだろう」
と、返された。
「は? いねーし」
「ほら、シェアハウスの同居人」
「は? …あれ、男だって」
言い返しながら、耳が熱くなる。
「めちゃめちゃ美味しいご飯作ってくれて、休みの日にはスイーツまで作ってくれるって……それ、実質彼女だろ」
「おい、今どき、そういう『女の子なら料理』って発言、アウトなんだぞ」
「はいはい。でもさ、結局、そういうのって無意識に求めちゃうじゃん」
「…まあ、その気持ちはわからないでもない」
「だろ?」
「いや、だから。あいつは男で、彼女とかじゃねーし」
「でも、丹内、合コン行って、女子と結構いい雰囲気になっても、全然続かないじゃん。それって、その同居人も影響してるんじゃねーの」
ぐさり、と来た。
そうなのだ。
どんなにかわいい子と、いい感じになっても。つい、鷹取と比べてしまう。
と、いうか。
鷹取のことを、考えてしまう。
穏やかで、包容力があって、いつも冷静で。でも、片付け苦手でちょっと抜けてて、意外とかわいいところもあって。俺のことよく見てくれて、何よりも、一緒にいるとほっとする。
……って。
いや、あいつ、俺より全然筋肉あって、男だけど。
でも。
風呂上がりの鷹取とすれ違う時、Tシャツからのぞく腕に、なぜかどきりと心臓が跳ねて赤面してしまい、慌てて自室に戻ることがあった。
布団を頭から被り、そんな自分に混乱した。
俺、もしかして、乙女化してないか……?
だが、そう自覚しても、それほど嫌な感じはしなかった。
◇
そんな、シェアハウスの生活が2年を過ぎる頃。
鷹取が、海外へ実習に行くと言い出した。
「オーストラリアの大規模農場へ1か月行ってくる」
真っ黒に日焼けした鷹取が、白い歯を見せて言った。
「1か月か」
寂しくなるな、という言葉は言わずに飲み込んだ。
「去年、丹内が夏休みに短期留学しただろう。話を聞いて、僕も海外の農場を実際に見て、そこから日本の農業を考えたい、と思ったんだ」
「確かに。一回外国に出ると、日本の見方が変わるからな」
鷹取の作った野菜がたくさん入ったキッシュは、俺の大好きなメニューの一つだった。ちゃんと好みを覚えていて、作ってくれる。
そこに、何か気持ちは入っているのかいないのか。
穏やかに笑う鷹取の、心の中まではわからない。
その点、俺は単純なのかもしれない。
美味しいご飯を時々作ってくれて、コーヒーを片手にとりとめもない話をして笑い合い、落ち込めば、まあ甘い物でも食べなよ、と手作りスイーツを出しながら、話を聞いてくれる。
鷹取は、もう、自分の中でかなり大きな位置を占めていた。
鷹取にとって、自分は、どんな存在なんだろう。
単なるシェアハウスの同居人、友人、なのだろうけど。
互いに、注意して、触れないように。
気持ちにも、身体にも。
その微妙な気遣いが、何を示しているのかに気づかないふりをして、毎日を過ごしていた。
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