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鷹取がオーストラリアへ出かける朝。
二人で朝食を作った。
といっても、俺はパンを焼いただけ。鷹取は、俺の好きなふわとろのスクランブルエッグと、サラダを作ってくれた。
「いつか、一緒に海外へ行こうか。卒業旅行でもいいし」
ふと、そんな言葉が口をついて出た。
「鷹取が行ってみたいところ」
「いやいや、丹内が行きたいところで」
鷹取が淹れたコーヒーを飲みながら。でも、結局行き先は決まらなかった。
「帰ってから、また、話そうな」
そう言って。
鷹取は玄関で振り返り、初めて、俺を抱きしめた。
「行ってきます」
薄っぺらい俺の体を、ぎゅっと抱きしめて、髪に顔を埋めた。
「行ってらっしゃい」
少し声が震えてしまった。
鷹取は、いつもの穏やかな笑みを浮かべ、出て行った。
◇
「Hello…?」
まだ夜の明けきらない晩秋の早朝、かかってきた電話の向こうから英語でまくしたてられ、俺はベッドサイドのライトをつけた。
その辺に置いてあったルーズリーフを取り、ペンを掴む。手が震え、うまく書けない。
「Pardon me?」
オーストラリアなまりの強い英語を聞き返しながら、自分が英文学科であることがこんな時に役立つなんて――と、どこか意識の外側で冷静に思った。
鷹取が、事故に遭った。
朝の収穫のために、農場へ向かう道で、大型トラックに。
恐らく、もう、助からないと。
そこからしばらくの間の記憶はあいまいだ。
大学と、鷹取の実家へ連絡して。バイト先やら同じ学部の友人にも伝えて。
急いで用意した黒のスーツに黒のネクタイを締め、新幹線に乗った。
オーストラリアから戻った鷹取とは、もう、話すことはできなかった。
花に囲まれて、鷹取は眠っていた。
俺、お前に、おかえりって言ってないよ。
帰ってきたら、大規模農場の話、聞かせてくれるんじゃなかったのかよ。
一緒に海外へ、卒業旅行に行くんじゃなかったのかよ。
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