Dark matter(鷹取)

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Dark matter(鷹取)

鷹取(たかとり)。また鉢増やしたのかよ」  ベランダで観葉植物の株分け作業をしていた僕の背に、丹内(にない)の呆れ声が降ってきた。 「もう、これ以上は増やさないから」 「それ、この前も言ってなかったか?」 鉢底石の上に、腐葉土と培養土を混ぜた土を入れる。生ゴミ処理機からの堆肥も足す。  確かに丹内の言う通り、ベランダにも、部屋にも、野菜や観葉植物や、花の鉢が所狭しと置いてある。いい加減、鉢数を制限しないと、とは思うものの。  つい、行きつけの園芸店へ行くと、買わずにはいられない。 「行きつけの園芸店がある、ってとこが、おかしいっていうか、鷹取らしいっていうか」  丹内は、僕のシェアハウスの同居人であり、友人であり、そして。  想い人でも、ある。  大学1年生の長雨の頃。  同居していた兄の転勤が突然決まり、2LDKのマンションをどうするか、という問題に直面した。住み心地のよいこの部屋から引っ越す気になれず、かといって、一人で住むには家賃も高すぎるし、部屋も余る。  で、大学の学生課を通じて、シェアハウスとして同居人を募集した。  そこに、真っ先に連絡してきたのが、丹内 太一だった。  自分の名前が鷹取一太だったので、一太と太一、まるで鏡合わせのような名前に、興味を惹かれた。どんな奴だろう――  待ち合わせのファストフード店に現れた丹内は――僕の理想、だった。  中学の頃に自覚した、自分の性的志向は、誰に明かすことも相談することもできず、他人とは違うその異質さを、うずくまるように自分の中に持っていた。  だから、同居人を募集する時は、かなり迷った。  女性を募集するわけにはいかない。常識的に。  かといって、男性を募集するのも、よくない…かもしれない。  自分が、男性を恋愛対象と見ることができる、と最初に伝えればいいのかもとも思ったが、まだ入居するとも決まっていない同じ大学の学生に、そう簡単にカミングアウトできるものでもない。  万が一、同居人に恋心を持ったとしても、絶対に、想いを伝えてはいけない――そう、固く決心して、募集した……はずだった。  理想が、服を来てこっちへ向かってきて、恋をしない奴はいるんだろうか……。  生まれつきだという、少し栗色がかった髪に、同じ色の瞳。背は標準的だが、細身で。  ぱっと見、チャラそうに見えて、実は結構堅実な性格。真面目で、よく落ち込んでは、また笑う――かわいい。とにかく、かわいい。 「鷹取くんって、おかん?」  同じ実習班の女子に、同居人に飯を作って、時々スイーツも作ってると言ったら、そう返って来た。 「だってさ、同居人君が塾バイトから遅く帰って来たところを、『おかえりー、ごはんあるよ』って出迎えるって、どう考えても、おかんでしょ」  それを横で聞いていた友人が、「おかん、て」と、大うけしていた。  苦笑しながら、おかんでもいい、おかんで、いい、と思った。  丹内と、一緒に暮らす毎日が、楽しくて、うれしくて、でも、きつくて。  想いを決して伝えてはならない――その決意は、自分からシェアハウスの同居人を募集したからには、死守すべきだと思う。反故にしてしまったら、まるで、恋人を探すために、同居人を募集したことになってしまう。それは、絶対に違う。  触れないよう、近づきすぎないよう、うまく距離を取りながら。  僕は、丹内と暮らしていた。
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