Dark matter(鷹取)

2/3
前へ
/8ページ
次へ
 気づいた時は、自分は暗がりの中にいて、黒い服を着た人々が遠く明るい光の輪の向こうに見えた。  近づいてみると、白い菊が飾られた壇に、自分の顔写真が。  ああ、あの時。  実習先のオーストラリアで、早朝に農場へ向かう途中で。  振り向くと、カーブの向こうから、ものすごいスピードで迫ってくるトラック。  強い衝撃――いや、もう、覚えていない。  ぷつりと途切れた意識。  そうか。僕は、死んだのか。  黒いスーツを着た丹内は、パイプ椅子に座り、ぼんやりとうつろな目で俯いていた。  母に声を掛けられ、はっと顔を上げた。背を伸ばして話す姿は、きっと、気を張っているのだろう。  ごめん。丹内。  丹内なら英語が得意だからと思って、勝手に緊急連絡先を丹内にしていた。まさか、こんなことになるとは思ってなかった。恐らく、真っ先に丹内へ連絡が行き、丹内があちこちに伝えてくれたのだろう――感謝と、済まなさと。  ホームステイ先の老夫婦に、緊急連絡先は友人か、と問われたので、「Yes」と答えたら、なぜか興味を持たれた。写真を見せろというので、スマホに入っていた丹内と一緒に撮った写真を見せた。 「とても、大切な友人です。誰よりも、大切な」と、付け加えたら、老婦人が、「それは、素敵ね」とほほ笑んでくれた。もしかしたら、察して、理解してくれたのかもしれない。  帰ろう。  丹内、疲れてるだろう。  僕たちの、あの、マンションに、帰ろう。          ◇  マンションに戻っても、丹内はぼんやりしていた。  泣くわけでもなく、ぼうっと座っていた。 『丹内』  呼びかけても、丹内には聞こえない。  触れようと手を伸ばしても、触れられない。  でも、僕は、確かに、丹内の傍にいる。  ふらりと立ち上がった丹内が、僕の部屋のドアに手をかけた。  しばらく躊躇して、かちゃりとドアを開けた。  部屋の中を見回す。  相変わらず、うつろな、まなざしで。  ベッドにどさりと座り込み、頭を抱えた。 『丹内、ごめん。丹内』  小さく丸めた背を、抱きしめようとしても、すり抜けてしまう。 「鷹取」  丹内が、小さく呼んだ。 『なに』 「俺、お前に、おかえりって言ってない」 『うん』 「鷹取、帰って来てるんだろ…」 『うん。ここにいるよ』  丹内はそのまま僕のベッドに体を投げ出すと、枕に顔を埋めた。しばらく、丹内は、うつぶせたまま、動かなかった。 「ごめん。鷹取。…気持ち悪いよな。でも、俺、お前のこと、好きだったんだ」  ざわりと、心が揺らめく。  そうかな、と、そんなことないよな、とのせめぎ合いの中で。  オーストラリアへ発つ朝、玄関で、丹内を抱きしめた。  行ってきます、行ってらっしゃい――ただ、それだけの言葉の中に、僕と丹内の気持ちが複雑に絡み合っていたことを、知らなかった。 「鷹取…鷹取……」  僕の名を呼びながら、僕の布団を抱きしめて丹内が初めて泣くのを、その背を包み込むようにしながら傍にいることしかできなかった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加