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気づいた時は、自分は暗がりの中にいて、黒い服を着た人々が遠く明るい光の輪の向こうに見えた。
近づいてみると、白い菊が飾られた壇に、自分の顔写真が。
ああ、あの時。
実習先のオーストラリアで、早朝に農場へ向かう途中で。
振り向くと、カーブの向こうから、ものすごいスピードで迫ってくるトラック。
強い衝撃――いや、もう、覚えていない。
ぷつりと途切れた意識。
そうか。僕は、死んだのか。
黒いスーツを着た丹内は、パイプ椅子に座り、ぼんやりとうつろな目で俯いていた。
母に声を掛けられ、はっと顔を上げた。背を伸ばして話す姿は、きっと、気を張っているのだろう。
ごめん。丹内。
丹内なら英語が得意だからと思って、勝手に緊急連絡先を丹内にしていた。まさか、こんなことになるとは思ってなかった。恐らく、真っ先に丹内へ連絡が行き、丹内があちこちに伝えてくれたのだろう――感謝と、済まなさと。
ホームステイ先の老夫婦に、緊急連絡先は友人か、と問われたので、「Yes」と答えたら、なぜか興味を持たれた。写真を見せろというので、スマホに入っていた丹内と一緒に撮った写真を見せた。
「とても、大切な友人です。誰よりも、大切な」と、付け加えたら、老婦人が、「それは、素敵ね」とほほ笑んでくれた。もしかしたら、察して、理解してくれたのかもしれない。
帰ろう。
丹内、疲れてるだろう。
僕たちの、あの、マンションに、帰ろう。
◇
マンションに戻っても、丹内はぼんやりしていた。
泣くわけでもなく、ぼうっと座っていた。
『丹内』
呼びかけても、丹内には聞こえない。
触れようと手を伸ばしても、触れられない。
でも、僕は、確かに、丹内の傍にいる。
ふらりと立ち上がった丹内が、僕の部屋のドアに手をかけた。
しばらく躊躇して、かちゃりとドアを開けた。
部屋の中を見回す。
相変わらず、うつろな、まなざしで。
ベッドにどさりと座り込み、頭を抱えた。
『丹内、ごめん。丹内』
小さく丸めた背を、抱きしめようとしても、すり抜けてしまう。
「鷹取」
丹内が、小さく呼んだ。
『なに』
「俺、お前に、おかえりって言ってない」
『うん』
「鷹取、帰って来てるんだろ…」
『うん。ここにいるよ』
丹内はそのまま僕のベッドに体を投げ出すと、枕に顔を埋めた。しばらく、丹内は、うつぶせたまま、動かなかった。
「ごめん。鷹取。…気持ち悪いよな。でも、俺、お前のこと、好きだったんだ」
ざわりと、心が揺らめく。
そうかな、と、そんなことないよな、とのせめぎ合いの中で。
オーストラリアへ発つ朝、玄関で、丹内を抱きしめた。
行ってきます、行ってらっしゃい――ただ、それだけの言葉の中に、僕と丹内の気持ちが複雑に絡み合っていたことを、知らなかった。
「鷹取…鷹取……」
僕の名を呼びながら、僕の布団を抱きしめて丹内が初めて泣くのを、その背を包み込むようにしながら傍にいることしかできなかった。
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