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第1話
名前:halca
職業:ミュージシャン
──なんて書くと、やたらにカッコイイ印象を与えるが。
実際はミュージシャンなんて職業の人間は、そんじょそこらに掃いて捨てるほどいる。
ファン以外の人間でも、顔と名前を知っているような「売れっ子ミュージシャン」なら特別な存在になるが、残念ながら俺にそんな知名度は無い。
テクには定評があるし、自分でも自信がある。
俺は人一倍の努力で自分のテクを磨き、ギターの仕事だけで食い扶持を稼いでいるのだから、十把一絡げのミュージシャンの中ではマシな位置にいると思う。
しかし特別なミュージシャンになるために必要なのは、技術よりもひらめきであり、努力よりも才能なのだ。
テクは努力で身につける事が出来るが、イイ音を作るには努力じゃどうしようもないセンスが必要で、どれほどの野望を持ってしても、現実はそんなに甘くない。
肝心の才能を持ち合わせていない俺は、どんなに努力をしても結局しがないギター弾きでしかなく、日々営業に精を出して日銭を稼ぐしかないのだ。
知り合いのプロモーターが主催した音楽イベントに、東雲柊一を呼んだ。
東雲柊一と言えば、今の音楽業界では押しも押されぬ人気商品である。
同じ人気商品でも、大手プロダクションから出てきたアイドル系とか、バラエティ番組でお茶の間に顔売りまくってて実は歌よりトークの方が得意、なんて類の商品とは違う。
路上ライブと動画投稿で口コミを集め、音楽配信サイトで爆発的にブレイクした、正真正銘のヴォーカリストだ。
口さがない連中は「一発屋で終わる」なんて散々叩いていたが、デビュー3年目のサード・アルバムも順調に売り上げを伸ばしていて、底冷えしきっている音楽業界の救世主的な立場になりつつある目玉商品、それが東雲柊一だ。
プロモーターとのコネでイベントにちゃっかりもぐりこんだ俺は、目玉商品の打ち上げの席まで顔を出す事に成功した。
打ち上げなんて、個人のツアーなら酒とメシと気のあったメンツを揃えてパアッと機嫌良く済ませてしまえばいいが、こうした大がかりなイベントとなると、イベントそのものに有名無名を問わず音楽関係者が会する。
となれば、無名の輩は有名な人物に顔を売る絶好のチャンスとなるのだ。
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