第13話

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「ほんなら、お世話になりました。」 藤太と恋雪の49日となる冬の初め。 奇跡的な回復を遂げた絢音を連れて、藤次は冬の雪がちらつき始めた京都市内を車で走る。 「お父さん。ここ、呉じゃないの?お山やお寺がいっぱいあって、雪も降ってるし、違う街みたい。」 不思議そうに車窓を見つめる絢音に、藤次は優しく笑いかける。 「そうだよ。ここは、京都。日本の都。今度お父さんと、仁和寺行こうな?南禅寺もかな?雪景色が綺麗だよ?絢音は、雪好きか?」 「すきー!キラキラして冷たくて大好き!!いっぱい積もったら、雪だるま作ろうね?お父さん!」   「うん!大きいの、作ってあげるよ。」 「わーい!!」 そうしてはしゃぐ絢音を一瞥した後、藤次は北山の自宅の駐車場に車を停めて、2階角部屋へと招き入れる。 「わー!広いお家ー!!すごーい!!」 キャッキャとはしゃぎながら、家の中を探検する絢音をおいて、藤次は寝室のクローゼットから喪服を出すと、彼女を呼びに行く。 「絢音、急で悪いけど、これに着替えてもらえるか?」 「なあに?真っ黒な服。お出かけには似合わないわ。」 もっと可愛い服がいいと拗ねる絢音を寂しそうに見つめて、藤次はポツリと呟く。 「あない可愛い子の事まで忘れさせてまうなんて、神さんホンマに、残酷やな。」 そう言って、イヤイヤと言う絢音に喪服を着せて髪を整え化粧をしてやり、藤次は市内のとある寺院へと赴いた。 「棗藤太と恋雪の49日で来ました。内方が、心の病で少しおかしな行動にでるかもしれませんが、どうか仏心で、堪忍してやって下さい。」 「ああ、はい。そんなん、頭あげとくなはれ。子供はん亡くされたんや。気ぃ違えてまうのも詮無い事です。どうぞ、ご用意したはります。」 「おおきに…」 「お父さん、ここ何処?お寺?あやね、本屋さん行きたい。」 キョロキョロと寺院内を眺める絢音を優しく抱きしめて、藤次は寂しく笑う。 「お父さんの大事な人達が、ちゃんと安らかに眠れるように、神様にお願いする日なんだ。退屈だろうけど、終わったら好きなとこ連れてってやるから、良い子にできるか?」 「眠る?誰が?」 キョトンとする絢音に、藤次は益々胸が締め付けられて、ギュウっと抱きしめて呟く。 「俺とお前の子供の、49日やぞ?思い出せや…お前がそんなんやと、藤太も恋雪も、安心して眠れんやろ…なぁ…」 「お父さん。あやね…苦しい…」 戸惑う絢音を抱き締めたまま、藤次はただただひたすら、涙を流し、寺の住職に宥められながら、粛々と法要を済ませた。 遺骨の納骨は、裁判が片付いたらと言って持ち帰り、絢音が本屋に行きたいと言うので連れて行き、絵本を楽しそうに読み耽る彼女を助手席に残し、藤次は花屋明凛(めいりん)に赴く。 「すんません。祭壇に飾れそうな白い花の花束…2つもらえますか?」 その言葉に、明凛のイケメン店員…大橋拓実は、悲痛そうな表情を浮かべる。 「この度はホンマ…ご愁傷様です…」 「悔やみなんかいらんわ。こっちこそ、葬儀ん時は散々ワガママ聞いてくれておおきに。お陰で盛大に送ってやれた。ありがとう…」 「そんな…人さんの心に癒しと慰めを与える。それが花屋の本懐です。そこまで言われたら、僕…頑張った甲斐あります。」 言って、拓実は白百合をメインにした真っ白な花束を2つ作り上げたのち、店の奥から、外側が桃色で内側が白色の小さな花が塊になって枝先に咲いた鉢植えを持ってくる。 「なんや。」 瞬く藤次に、拓実は静かに口を開く。 「もうじき、裁判ですよね?榎戸の。ささやかですが、花屋ができる激励です。花は沈丁花…花言葉は、「勝利」。どうか、奴に極刑が、下りますように…」 「……それを下すんは、ワシやないんや。ワシはただの、被害者の家族。なんもできん。なんも。無力な男やて、嗤ってくれ…」 その言葉に、拓実はえっ!?っと瞬く。 「棗さんじゃないんですか?!被害者の会の代表。」 「え…?」 呆ける藤次に、拓実は新聞を見せる。 そこには、記者会見をする真嗣と倫太郎と、白髪に眼鏡のふくよかな老爺の姿があり、見出しには「榎戸事件。被害者が裁判に参加。丸橋・谷原法律事務所が支援を表明」と書かれていた。 「なんや…真嗣の奴、ワシにこんな話…一言も…」 「知らなかったんです?なんか、そこに書いてありますよね?被害者とその家族が、裁判に参加して意見を述べるって。僕てっきり、棗さんが動かれたんやとばかり…」 クシャッと新聞を握りしめて、藤次は唇を喰むと、スマホを取り出し真嗣に電話をする。 「もしもし真嗣か?!榎戸の裁判、被害者とその家族参加させるてホンマか?!もしそうなら、ワシが代表になる!…いや、ならせてくれ!頼む!!」 そう言って、懇願してみたが、やや待って、真嗣の口から意外な言葉が返ってくる。 「そうしてあげたいの山々だけどさ…みんな反対してるんだ。特に、山根安彦(やまねやすひこ)さんて人がね。…あんな凄惨な事故に巻き込まれた理由が、君への個人的な…私怨だったって聞いたら、死んだ娘が浮かばれないって言って…ね。」 「あ…」 「僕も散々説得したんだけど、最後まで首を縦に振ってくれなかった。これからも説得は続けるけど、第一回公判までもう時間ないから、今回は…傍聴席で見てて?」 「しん」 「じゃあ…」 そうしてガチャリと切られた電話に、藤次は呆然とする。 「そら、そうか…ワシへの逆恨みで起こした事件に、一方的に巻き込まれて、家族殺されてしもたら、怪我してもうたら、誰もワシの顔なんて…見たないか…」 「棗さん…」 ポツンと呟き、藤次は財布から花代を拓実に渡すと、明凛を後にする。 「お父さん。遅かったわね。あやね待ちくたびれちゃった。」 拗ねる絢音の顔を見た瞬間、藤次の瞳からバタバタと涙が溢れる。 「お父さん?どうしたの?どこか痛いの?なんで泣いてるの?」 お父さんと問いかける絢音を抱きしめて、藤次はただただひたすら、己の無力さに打ちひしがれ涙を流した。 そうして季節は巡り、師走。 榎戸修二の第一回公判が、いよいよ幕を開けた。 奇しくも、藤次が絢音にプロポーズした、12月24日の、雪深い朝。 多くの人が傍聴券を求める中、真嗣の計らいで席を確保してもらった藤次は、不思議そうに辺りを見回す絢音を連れて傍聴席に座り、見知った顔が勢揃いした検察官側の席を見つめる。 本当なら…自分があそこにいるのに… 歯痒くて、切なくて、キュッと唇を食んで、藤太と恋雪の遺影を握りしめていると、賢太郎と真嗣と視線がかち合い、彼等は黙って深く頷く。 −任せておけ− そう聞こえてきたような気がする強い眼差しに願いを込めて頷き返すと、被告人席に榎戸が現れ、自分を見つけると、ニヤニヤと満足そうに笑いながら、言い放つ。 「よう!どんな気分だ!検察官サマ!!あの時のように、俺を裁けなくて残念だなぁ!!…精々指咥えて見てやがれ!とびきり愉快な舞台を、見せてやるよ!!」 言ってゲラゲラと嗤って、付き添いの刑務官に嗜められながら席に着く榎戸を、憎悪の目で睨みつけていると、隣の席に、年老いた女が、娘らしき遺影を持って現れる。 「…あ。」 「…どうも。被害者の会代表山根安彦の家内の、瑞穂(みずほ)です。これは、娘の靖子(やすこ)…まだ20歳でした。」 「それは、お悔やみ申し上げます。申し訳ありません。僕の個人的な恨みに巻き込んで、大事な娘さんを…」 「いえ…そちら様も、年端の行かないお子様を2人も亡くされて、奥様までも…主人に説得はしたんですが、どうしても代表は自分がやると聞かなくて…プロの方に任せた方が、望む罪になると言うのに…」 「いえ、ご主人のお気持ちが正解です。僕なんかがしゃしゃり出る幕じゃありません。だからどうか、頭あげて下さい。」 「はい…」 言って、瑞穂に着席を促すと、法衣を纏った裁判官と裁判員達が入廷し、役者が揃う。 「それでは、開廷します…」 中年男性の裁判長の声が、廷内に凛と響き渡った。 第13話 了
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