第14話

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「お父さん!お父さん!コレ!コレ読んで!!」 2人では広すぎると、北山のマンションを引き払い、かつての長屋に戻って来た藤次は、背中に縋り付いてねだる絢音を余所に、思案に耽っていた。 「(このままやと、賠償金に釣られて被害者の弁が甘うなる。裁判員制度の事考えたら、被害者の心情をしっかり伝えるんは重要…どないする。どないしたらええ…)」 「ねぇっ!お父さんたらぁ!」 「五月蝿い!!お父ちゃん大事な事考えてんや!あっち行っとき!!」 「ひっ!!」 「!」 ビクッと身体を震わせ恐怖で含む絢音を見た瞬間、藤次は我にかえり、彼女を抱きしめ頭を撫でる。 「ごめん!ごめんなぁ…お父さん、ちょっとイライラしてたんだ。怖かったな。怒鳴ってごめんな?…絵本か?何読んで欲しいんだい?」 「……タマちゃんの大冒険。」 「そっか。よしよし、貸してご覧?読んであげるから。」 「ホント?」 涙目でおずおずと、上目遣いで見つめてくる絢音に優しく笑いかけて、腕に抱かれた本を取って開いてみせる。 「ホラ、こっちおいで?お父さんの膝の上、絢音好きだろ?」 「…うん!大好き!!お父さん大好き!!」 「うん、うん。さ、読むぞー!虎柄のタマちゃんはー…」 …そうして、絢音を胡座の上に抱いて本を3冊ほど読み聞かせたら、うとうとしだしたので、座布団を枕にして畳の上に寝かせて、ブランケットを掛けてやり、気持ちよさそうに眠りに落ちていく絢音を見つめながら、藤次はポツリと呟く。 「こうなったら、一か八か、やるか…」 * 「えっ?!」 第一回公判を終えた翌日。 賢太郎は検事正室に呼ばれて、部屋の主…安河内から放たれた言葉に瞬く。 「…だから、榎戸の殺人容疑の立件、見送るんだ。いいな。」 「何故ですか?!奴は確実に、棗検事の家族を殺そうと犯行に及んでます!殺意は明白です!!既に殺人容疑への再逮捕の手続きだって警察が…」 「その警察から、連絡が来たんだ。殺意は未必の故意。立証は難しい。よって逮捕状は請求できない。と…」 「まさか!!確かに京都府警本部の松下警部に打診を…」 そこまで言って、賢太郎はハッとなる。 「まさか…なにか圧力がかかったんですか?府警本部に…」 その言葉に、安河内は顔を曇らせる。 「…榎戸は、元衆議院議員の正堂平八(しょうどうへいはち)氏のご落胤…隠し子だそうだ。正堂氏も最近知ったらしく、ある日送られてきた毛髪と写真からDNA鑑定をしたそうだ。結果は一致。そして、この事実を世に暴露されたくなければ、現金と刑罰の減刑化を要求してきたそうだ…」 「しかし!」 「とにかく、警察がダメだと言っている以上、起訴はできん。殺人は諦め、危険運転致死傷罪を取りに行け。話はそれだけだ。」   そうして退室を促す安河内に、賢太郎は食い下がる。 「検事正!!あんまりです!!これでは棗が…」 「分かっている!…分かっているんだ。だが、警察が事件にしないと言ったら、我々は動けんのだ!…棗君には悪いが、涙を飲んでもらうしか…」 「………失望しました。」 「えっ?!」 瞬く安河内を、賢太郎は冷たく見下ろす。 「検事正は、そのような生半可な覚悟で、棗の子息に辞令を下されたのですか?私は違います。議員だろうが総理だろうが、どんな相手が出てきても、殺人を下げません。屈するつもりもありません。松下警部も、同じ気持ちだと思います。これから2人で、本部長の所へ乗り込みます。…もし、この行為が間違いだと言うなら、全て終わったら、これを受理してください。」 そうして賢太郎がスーツの隙間から出したのは、辞表と書かれた白い封書。 「楢山!!」 「失礼します。」 辞表を机に残したまま、賢太郎は検事正室を後にする。 残された安河内は、頭を抱えながらも、電話に手を伸ばし外線を押す。 「ああ…安河内です。ご無沙汰してます。兵藤先生…」 そうして、先生と仰ぐ兵藤と言う人物と言葉を交わした後、安河内は電話を切り、窓から覗く冬の京都を見下ろす。  「この景色を見ていられるのも、あと少し…かな。」
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