134人が本棚に入れています
本棚に追加
/127ページ
「…………」
重い沈黙が漂う中、藤次は真嗣の働く弁護士事務所の会議室で、被害者の会の面々と向き合っていた。
「一体何なんだよ!谷原先生がどうしてもって言うから来てみたら、なんでアンタがいるんだよ!」
「そうよ!アンタのせいで、うちの子全治3か月の骨折よ!傷だってあるし、毎晩あの日が夢に出るって泣いてるのよ!?」
我慢できずに口火を切った2人の被害者の言葉を聞いた瞬間、藤次は椅子から立ち上がり、その場に土下座する。
「なっ?!」
瞬く一同に、藤次は言葉を続ける。
「本当に、この度は申し訳ありませんでした。僕への私怨に皆様を巻き込み、大切なご家族を、パートナーを傷つけてしまい、本当に本当に、申し訳ありません!!けれど、許されるならどうか、僕も被害者の会に加えさせて下さい!!僕はどうしても、奴を…榎戸を死刑にしてやりたいんです!!お願いします!力を貸して下さい!!」
「けどねぇ…あの人、あくまであなただけが憎いだけで、私達には誠意を見せてくれてるじゃない?死刑までしなくても、無期懲役?でしたっけ先生?その方向で検事さんと連携して行こうって、決めたばかりじゃないですか。ねぇ、山根さん?先生。」
「あ、ああ…そうだ。被害者の会は、満場一致で、榎戸の有期刑を望む。死刑は、取りに行かない方針だ!帰ってくれ!アンタの顔なんか見たくもない!!」
「山根さん!!ホンマに、ホンマにええんですか?!可愛い盛りの娘さんを理不尽に殺されて、一億でええんですか?!ワシは嫌や!!100億1000億積まれようが、藤太と恋雪を、ワシの可愛い子供をあんなにぐちゃぐちゃにして殺した犯人、許せまへん!!せやからお願いです!!ワシに…僕に代表やらせて下さい!!お願いします!!必ず奴を、死刑台にあげてみせます!」
「いや、だが…」
「僕は、棗さんに、賛成かな。」
「えっ?!!!」
突然聞こえた声に一同は瞬き、その方を見る。すると、藤次はみるみる目を丸くする。
「や、柳井さん?!」
そう。
そこにいたのは、北山のマンションで暮らしていた際、懇意にしていた隣人家族の主人、柳井雄二がいたのだ。
「な、なんで柳井さんが、ここに…」
狼狽する藤次に、柳井は寂しく笑う。
「僕の奥さんも、あの事故に遭ってたんです。幸いかすり傷だったんですが、事故のショックで引き篭もるようになって、笑顔も消えた。だから、この会に入ったんです。僕の大切な奥さんの笑顔を奪った奴に、法の鉄槌を下してやりたいって…」
「そ、そやったんか。ワシ、絢音や子供らの事でいっぱいいっぱいやったから、気づかへんかった…申し訳ない。ワシへの私怨で…」
項垂れる藤次に、柳井は優しく手を差し伸べて、土下座を解かせ立たせる。
「この人は晩婚で、奥様との間にお子さんが2人も授かれたのは奇跡だって、毎日僕に言ってました。可愛い可愛いって、とっても可愛がって、でも、ダメなことはきちんとダメと教える、見習いたいくらい、立派な父親でした。奥様も優しい人で、料理が苦手な家内にいろんなレシピを教えてくれて、僕らの子供にも、優しく接してくれました。…けど、奥様は事故のショックで、この人を夫ではなく、父親だと思い込んでるんです。」
「えっ?!」
「そ、そう言えば、奥様いらしてるはずなのに、一度も…」
その言葉に、真嗣が口を挟む。
「今、ウチの事務員と遊んでます。皆様と、とても普通にやり取りできる状態ではないので…」
「そんな…」
狼狽するメンバーに、藤次はこれまでの絢音との経緯を話す。
「酷い…」
「そんなん、お姉さんの指示したがって、離婚して他人になれば良いのに、なんで…」
騒めく被害者の会の面々に、藤次は寂しく笑う。
「姉に諭され、一度は離婚も考えました。でも、もし、全てを思い出して絶望してる時、支えてやれるのは僕だけなんです。僕は、何が何でも、彼女を守りたい。愛していきたい。例え、一生父と呼ばれようとも、この気持ちは変わりません。僕は彼女を、愛してます。」
「……か?」
「!?」
不意に、それまで黙っていた山根が口を開いたので、一同は瞬き見やる。
すると、山根は真摯な表情で、藤次を見据え言葉を紡ぐ。
「本当に、アンタに頼めば、奴を、儂と瑞穂から靖子を奪った榎戸を、死刑にできるのか?」
その問いに、藤次はグッと瞳に力を込めて力強く頷く。
「僕も、楢山検事も、谷原弁護士も、見習い時代から同期の中で飛び抜けて優秀でした。その3人が揃ったんです。必ず、勝ちを取ります!せやから」
「分かった。」
「えっ?!」
瞬く藤次を余所に、山根は背後にいる真嗣に向き直る。
「記者会見開いて下さい先生。山根安彦は代表を辞任。後任は棗藤次氏。理由は、必ず被告人…榎戸を死刑にする為…と。」
「…はい!!」
「山根さん?!でも、榎戸は賠償金」
「棗さんには何一つ償ってないでしょう?同じ被害者なのに1人だけ償わないなんておかしい!…なにより、やっぱり儂は、奴が…靖子を殺した榎戸が許せん!!だから棗さん!よろしくお願いします!!」
「…はい!!」
そうして、山根とキツく握手を交わした後、藤次は真嗣の計らいで開かれた記者会見に臨み、正式に榎戸事件の被害者の会代表となり、検事の職を捨て、葵の計らいで定時に帰れ、時間に余裕がある小さな会計事務所の事務員となった。
「バッジはのうなったけど、ワシの秋霜烈日は消えてへん!待っとれよ…榎戸!」
−榎戸事件に新展開!被害者家族会の代表山根安彦氏辞任。後任は元京都地方検察庁棗藤次氏−
一面に鮮やかに自分の事が描かれた朝刊を握りしめて、藤次は雪のちらつく曇天を、睨みつけた。
最初のコメントを投稿しよう!